京成中山駅から一〇秒、総武線下総中山駅からでも五分。日蓮さんゆかりの中山法華経寺の参道に「もつ焼日本一 ひょうたん」はある。

「ここには日蓮宗大本山はあるし、日本画の東山魁夷記念館もあるし、中山競馬場も近いから、このお店は大にぎわいでしょうね」

と大竹画伯が問えば、全日本ガンコおやじ連盟会長のような風貌のご亭主は、

「うんにゃあ、中山ってとこは安くて量が多くてうまい店にしか客が来ないよ」

と言う。なんでも坂が多く、熟年人口が多いので、タクシー業だけは繁盛するが、競馬の客はこの参道は通らないらしい。だいたいメインレース開催の日曜日はご亭主が競馬場に率先参加するからお店は休み。

琥珀色の本格派焼酎ハイボール(三三〇円)を手にした画伯が壁のメニュー表を見ると、まず「お仕事ごくろうさまでした」とあり、「もつ焼一皿は四本入りです」と続く。

「四本で三四〇円か。一本八五円は安いな。ナンコツにハツをお願いします」

「もつ焼日本一」を掲げる千葉県中山の名店「ひょうたん」は焼酎ハイボールも本格派

タンだけは四七〇円、とん焼は五〇〇円。タレと塩のほかにニンニクダレがあるのが珍しい。焼き台でご亭主が焼いたものを娘さんが運んでくれる。長身色白の画伯好みの美人だ。台所で奥さんが煮込み(大五八〇円、小三八〇円)、温豆腐(二六〇円)などを用意してくれる。

「量も多いし、とにかくうまい。食べ物にうるさい中山の人たちがこの店に集まるわけだ」

なるほど、五時開店と同時に二列のカウンターはほぼいっぱいに。しかも、常連客の指定席が決まっていて、仲良く棲み分けている。

中山は法華経寺の門前町であると同時に、かつては成田山新勝寺への参詣道・佐倉道(今の千葉街道)の宿場でもあり、江戸からの参詣者はここで一泊したので旅館がたくさんあった。今は法華経寺名物・荒行見物で賑わう一一月と競馬開催日以外は静かな住宅地になっている。そんな町に「ひょうたん」が開店してもう五〇年もたつ。

「最初の頃は惣菜屋もやっていたから、店の名前はなかったんだ。春日八郎が歌ってた『瓢箪ブギ』から店名にしてね」
とご亭主。天井から千成瓢箪がぶら下がっている。

焼酎ハイボールの杯を重ねていい心持ちになった画伯が、壁の張り紙を目にしてギクリとなった。
「えっ、『店内にて携帯電話の使用、メールの使用をした方には罰金五千円を頂きます』だって。気をつけなきゃ」

ガンコおやじの面目躍如というところ。

「これまでに五千円払った人、いますか?」
と画伯が恐る恐る尋ねると、
「いないよ。五千円払ったら飲み代払えねえ客ばっかだし、飲み代の方が先だからね」

ガンコおやじの表情が消えて、破顔一笑、常連客に愛される好々爺になった。

  • ※2007.5.3・10 週刊文春 掲載分
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