下町大衆酒場物語 第一回 はりや 鐘ヶ淵

永世名人も愛した人間模様がある酒場

縄のれんをくぐると、銀髪の店主・張谷幸助さんを囲み、赤ら顔の常連が野球や将棋の話をつまみに盃を交わす。店主の趣味は将棋。彼との語らいを楽しみに、かの将棋界の大御所・大山康晴名人(故人)もこの酒場を愛したと言う。
「将棋ってのは、時に失敗もしでかす"人同士"でやるから面白いんだと思う。酒も同じじゃない?」

開業した昭和6年当時、周辺は工業地帯だった。酒場は工員たちが交わる場として始まり、今もその雰囲気を受け継いでいる。
「いろんな職業の人が集まるから、隣の席の話をつまみに一人で飲んでる人もいるよ。先代の親父がよく"酒は飲んだら飲んだだけ、人の良さを思い、出会いを大事にするのがいい飲み方だ"って言ってた。その雰囲気のままだね」

人気メニューは、いかげその天ぷらをカリッと焼き、ソースをかけた『げそ天』。女将さんが微笑む。
「最初はただのげそ焼きだったのよ。でもお客さんが"これ、揚げてソースかけたらうまいんじゃない?"って言うから作ってみたら、そのまま定番になっちゃったんです(笑)」

何とも下町らしい一品を強炭酸の焼酎ハイボールで痛快に流し込むのがたまらない。店主いわく"つまみに合わせて炭酸の強さを変えることもある"と言うから至れり尽くせりだ。しかし、彼は謙虚に笑う。
「メニューも、店の雰囲気も、お客さんが作ってくれたものだからね。だから私も、お客さん一人一人と向 き合いたいんだよ」

そんな姿勢があるから棋聖も彼との"対局"を楽しみに縄のれんをくぐったのかもしれない。この、店と客の心が交わる一瞬こそが大衆酒場の醍醐味なのだ。

麺が入っている「キャベツ炒め」350円。女将いわく「キャベツ炒めを出したらお客さんに"麺を入れてくれ"と言われてできたメニュー」のため、見た目も味も焼きそばだが、品名はキャベツ炒め。 下は「タコサラダ」300円。

「はりや」
焼酎ハイボール270円、それに入れるレモン汁160円。刺身など日替わりメニューも。女将お手製の料理が並ぶ。
東京都墨田区墨田2-9-11
03-3612-9888
17:30〜24:00
日曜日
  • ※ 2012.07.20 掲載分
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