東急大井町線の等々力駅のすぐ近く。小さな商店が軒を連ねる一角にある、大衆酒場「とよ田」を一目見た、きたろうさんは思わずこうつぶやいた。「なんでのれんを変えないんだよ」
黒地に白の筆文字で「もつやき」と抜かれた、ボロボロののれん。あちこちが破れ、布テープやセロテープで、なんとかのれんの体裁をなしているような有様。しかし、そんなのれんをくぐるとカウンター13席の店内には、もつ焼きのタレが焦げる香ばしい匂いと煙が充満し、注文と話し声が飛び交う。「さぁ、飲もう!」と焼酎ハイボールをオーダーすると、ご主人の三上さんが「焼酎とお水とお湯は出すんですけど、氷とか割るものは皆さん買ってくるんですよ。そういうシステムなんです」と言う。これには、きたろうさんも西島さんも絶句! サービスと笑顔が大安売りのご時勢に、この接客で店は満員。よほど旨くなければ道理が通らない。さぁ氷と炭酸を買ってきて、注文だ、注文だ!
「とよ田」の料理は、もつ焼きのみ。種類はカシラ、シロ、ガツ、ハラミ、タン、ハツ、レバーのほか、変わった部位も楽しめる。「炭火で焼いてるのを見ながら食べるってぇ。ワクワクしますねぇ」という西島さんときたろうさんは、まずカシラから注文。カシラは豚のこめかみ付近の肉。クセがなく、肉の旨みもあり初心者にはうってつけ。次いで定番のレバーを焼いてもらう。備長炭の強い火力で、丁寧に焼かれるレバーは、外はカリッと中はジューシー。このレバーと焼酎ハイボールに勝てる組み合わせはそうはない。「レバーはなかなか家で食べられないからね」と心待ちのきたろうさんを前に、ご主人は手早く焼いてタレを付け、最後に大皿のふちでトントンと串を叩き、余分なタレを落とす。大皿に落ちたタレは肉汁を含んでいるので、最後にタレに戻すのだという。そして注ぎ足しを繰り返し60数年、いや70年近く味が受け継がれている。
かなり年季の入った焼き場で、ご主人の三上さんは1人、淡々と焼き続けながら語る「この焼き場は先々代、女房のおじいちゃんの頃からのものでしてね」。お店の創業者は、店名にもなっている「豊田」というしこ名の力士、豊田兵蔵さん。引退後にもつ焼き屋を屋台から始め、その後ここ等々力に店を構えた。あのボロボロののれんは、その屋台時代からのものなのだ。「あれだけボロボロになるというのは、何人の人がくぐったかってことなんですよ」。その話を聞いて「じゃあ捨てられないわ。聞いたら凄いじゃん」と、驚くきたろうさん。そして、そののれんをくぐった客の中には昭和の大横綱や、三上さん自身もいたという。「私は近くの郵便局に勤めてて、この店によく来てたんですよ。その時は、先代の親父と親父の義理のおじちゃんの2人でやってたんですが、そのおじちゃんが急死しまして。で、親父が1人でやると言ってたんですけど、調子が悪くなりましてね」。それをきっかけに、三上さんは3代目になることを決意する。
「うちの先代が面白かったのはね、等々力駅に電車が止まると、のれんの隙間から駅からおりてくる人を見るんですよ。それから店に掛けてある鏡で踏切を渡る人を見て、この店に来るなぁって察すると焼き始めちゃう。お客さんが座るとピタっと串が出る。それくらい親父はやってた」。「いやぁプロだねぇ。だからお客さんも裏切らないで来るんだね。そんな親父さんを見てるから、一生懸命努力してんだよ。じゃないとこの味は出せない。誤解してたよ。あの暖簾を見たら怠け者かと思ってさぁ」と、違った目でのれんを眺めるきたろうさん。そんな先代に、これだけは守れと言われたことがある。「休まず河岸に行けと。例えば河岸に行って、2日分仕入れてくれば、翌日に行かなくて済むじゃないですか。でもそれはダメだと。毎日行ってその日の分だけ仕入れなさいと」。新鮮なものをお客さんに出す労を惜しんでは、喜んでいただけないという教えをご主人は忘れない。「あとひとつ、親父が言ったのはねぇ、仕事はねぇ飽きちゃダメだと。飽きるなと、それが“あきない”なんだと」
受け継いだのれんには、先代、先々代から受け継いだ味と、酒場の主人としての教えが染み付いている。そんな大切なもの、捨てられるわけがない。
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宝焼酎を割る氷や炭酸水は、自分で買ってくるのがこの店のルール。
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おいしいもつ焼きは、新鮮な素材はもちろんのこと、下ごしらえが重要。ご主人は毎朝8時半から店で仕込みにかかるという。
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もつやきは東京では馴染み深いが、それ以外では意外に知られていない。食べ慣れていない人や女性には、まずカシラ。慣れてきたらレバー。1本140円。
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先々代が屋台で商売をはじめた時からののれん。雨、風、雪に晒されても、いつもこののれんがお客さんを迎え入れてきたのだ。
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先代の教えを守り、毎日芝浦まで仕入れにいく。「客がいれば休めない」と、雪の日でもタイヤにチェーンを巻いて車をとばすという。
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とよ田自慢の一品。丁寧な下処理を施したあと、表面を軽く炙り、刻みネギとともにご主人特製の酢醤油に絡めていただく。
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住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都世田谷区等々力2−32−11
03-3701-4101
16:00〜21:00 ※モツ在庫限り
第2・4土曜・日曜・祝日
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。