昔は「大衆」と称していたものが、いつしか「庶民」や「一般市民」と呼ばれるようになった。しかし今でも演劇と酒場だけは「大衆」と切り離せない。ここ北区の十条には(しかも中十条の2丁目には)、都内で最も古い大衆演劇専門劇場「篠原演芸場」と、大衆酒場の名店「田や」がある。十条は今も大衆の街なのだ。
「田や」の創業は昭和28年というから、日本でテレビ放送が始まった年。店のウリはおいしい秋田料理。とりあえずの一品として「みずのこぶ新香」をオススメしてもらう。この見慣れない「みず」とは、渓流に群生する山菜で、「こぶ」はその茎につく赤い実のこと。そのみずのこぶを塩漬けにし、塩コショウとゴマ油で味付けした一皿は、1杯目の焼酎ハイボールに最高のお相手。初めての味覚に「このシャキシャキした食感とネバネバ感が結びつかないですね」と西島さん。秋田の味、あなどれない!
ご主人の田谷茂松さんは、姉の照子さんがやっていたこの店で、19歳のころから働いている。この照子さんがたいそうな女丈夫で、トラックに乗る女性がいない時代から、トラックを駆り魚河岸まで仕入れに行っていたという。「お客さんに対して気配りが足りないとピシッとやる人だったね。だから今もファンが多い」とは50年来の常連さん。今は亡き7歳離れたお姉さんを「おふくろみたいなものでね」というご主人の言葉に、同じ年違いの姉を持つきたろうさんも思わずしんみり。
次のオススメの一皿は、ひき肉をニンニクと青唐辛子で炒め、たっぷり豆腐に掛けていただく「スタミナ奴」。「ニンニクと豆腐ってあうんだよねぇ」とはきたろうさん。「けっこう辛みが利いてますよ。これはいいつまみ」と西島さんもお気に入りのご様子。家庭でもよく食べられる素材を、シンプルに組み合わせる。“大衆酒場のつまみはこうでなくちゃ”と思わせる一皿だ。そして秋田料理と言えばやっぱり「きりたんぽ鍋」。「ちょっと固いくらい、コメのつぶつぶ感が分かるくらいがいいですねぇ」と西島さんが言うように、きりたんぽは食べるタイミングが大事。煮込みすぎてフニャフニャになってはいけない。この店のきりたんぽは、秋田でお婆ちゃんたちがひとつずつ手づくりしたものとか。比内地鶏とカツオで出汁をとり、醤油で味をキリッと整えたこのスープと、きりたんぽの相性は抜群だ。
ご主人に店を長く続ける秘訣を聞くと「やっぱり好きなんだろうね、料理がね。食べるのも好きだし、飲むのも好き」。しかしご主人はこう続ける。「あと、意外に我儘だから続けられるってとこもあるんだよ。自分に我儘なんだよ。周りに我儘なのはダメだけどね。自分に我儘な時は、研究心が違うからね」。そしてもうひとつ、これはご主人の姉・照子さんからの答えを紹介。「あなたとの出合いは生きてゆくごほうび」。その言葉は短冊に書かれ、今もお店に掲げられている。
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この滑りが精力のもと。「我々みたいに無理が利かなくなると、これを食べて元気をつけるんですよ」とご主人は笑う。これを目当てにやってくるお客さんもいるのも納得。500円(税抜)。
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店のこだわりを聞かれ「臨機応変で、こだわりなんてないんですよ。何でも受け入れ態勢を整えるのがこだわり」と語るご主人。ただ「ありがとうの気持ちだけはもち続ける」とのこと。
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田やのきりたんぽは、秋田でおばあちゃん達が作ったもの。おいしい秋田の米のご飯を半分潰しにして、杉の棒に巻き付ける。もちろんすべて手作り。1名2000円(税抜)。
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住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都北区中十条2-22-2
03-3909-1881
16:00〜24:00
月曜
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。