店頭にはお惣菜のショーケース、店に入るとチェック柄のテーブルクロスに、壁に所狭しと貼り付けられた写真付きのメニュー札。町の食堂といった雰囲気の酒場「大天」は、朝の9時から営業する練馬・中村橋の人気店。店を切り盛りするのは、黙々と働く寺内x夫さんと、おしゃべり好きな貴枝さん夫婦。早速焼酎ハイボールで乾杯し、最初のおつまみをお願いすると、「まずは外から見たほうがいいですよ。店頭のショーケースで、なんでも好きなものを言ってくだされば」と、お母さん。焼酎ハイボールを片手に一旦お店の外に出て、きたろうさんは大好きなコロッケをチョイス。一品100〜200円の多彩な惣菜に、思わず選びすぎてしまう西島さんを見て、きたろうさんが「おつまみっていうのは1杯にひとつ。食堂に来たわけじゃないんだから」と笑う。
この惣菜の充実ぶりは、店の歴史に理由がある。商社でサラリーマンをしていたお父さんは、27歳の時に美容師だったお母さんと知り合い結婚。その10年後に脱サラを決意し、生まれ育った中村橋で惣菜店をオープン。さらに店の移転と同時に、お酒も飲めるようにして現在に至る。常連さんは言う。「この店はね、元旦しか休まない。ずーっとふたりで、毎日開けてますよ」。店を休まず営業する大変さを聞くと「仕事が趣味や道楽になってるだけだから」とお母さん。「お父さん。昔のお母さんは相当キレイだったでしょ」と、きたろうさんが聞くと「美人というよりも“いい女”。だいたい美人じゃあないよ」。そこにお母さんが割って入り「美人は表面がキレイでしょ、私は心がキレイだから」と笑う。「そういう“いい女”のお母さんに、今も惚れてるわけですか?」と西島さんが聞けば、「勘弁してください」とお父さんが照れる。お互いを補い、支え合う夫婦の“ひととなり”が、この店の居心地の良さになっているようだ。
次のおすすめは、お母さんのオリジナルメニュー「サクうまチキン」。細かく砕いたクラッカーを衣に使い、柔らかな鶏肉とサクっとした衣の歯ごたえが楽しめる。「柔らかくてびっくり! スパイスもいい具合」とは西島さん。こうしたメニューのレパートリーが150種類あるというお母さんに、創作のヒントを聞くと「私はいつも安・近・短なんですよ。安くて、近くで材料が買えて、短い時間でできれば、ガス代もかからないし、なんでも安くできるでしょ」という。続いての一品「長芋からあげ」も、そんなお母さんのアイデア料理。大きめに角切りにした長芋の唐揚げは、サクサクの歯ごたえがたまらない。作ろうと思えば家でも作れる。しかし長芋の食感を楽しむために、大きく角切りにするというアイデアは「大天」ならではのもの。そんな庶民的で落ち着く味がうれしい。
最後のおすすめは店の人気メニュー「ペペスパ」。これももちろんお母さんのオリジナル。「ペペ」と聞くとペペロンチーノかと思うが、見た目は温玉の乗ったカルボナーラ。味付けは和風だし? 「うまい、なんだろうこれ? 男の年寄りにいいよ。この和風の感じはどこで出してるの?」と、きたろうさんが訊ねると「出来上がった茶碗蒸しを使ってるの。これも安・近・短料理。出汁も入ってるし、具も入ってるから」という驚きの答え。市販の茶碗蒸しとスパゲティを炒めたのが「ペペスパ」なのだという。お母さんの「自分で工夫しながらできるのが個人の店のいいところ」という言葉に、思わず納得。
「ふたりにとって、酒場とは?」を聞くと、「難しい問題だなぁ。なんというか……」と言葉に詰まるお父さん。そこに「酒を飲むとこじゃないよね」と、バシッと言葉を挟むお母さん。「お客さんには、奥さんに言えないことを私に言う人もいる。だから会社のことは奥さんより私の方がよく知ってる。だから私はよく言うんですよ、“うちは食べ物ではなくて、心のおかずまで売ってるんですよ”って」。「くぅ〜! もう、いいことを言うねぇ! ご主人もなんか言わなきゃ」と、きたろうさんが唸ると、お父さん「先に言われちゃったから……」と笑う。この呼吸、これこそが練馬・中村橋の人気酒場の味なのだ。