鎌倉駅から鶴岡八幡宮へ向かう若宮大路と、並行に伸びる小町通り。観光客向けの土産物店が軒を連ねるこの通りに、創業43年を迎える「炉ばた焼釜めし 卯月」がある。階段を上った2階の店に入ると、色とりどりの食材がズラリと並ぶ、炉ばた焼の大きなカウンターがお出迎え。「見た目に楽しいね」と声を弾ませるきたろうさんが、焼酎ハイボールをお願いすると、焼き場に立つご主人の勝又洋さんが「うちはわりかし濃いめだよ、大丈夫?」と返してくれる。"濃いめ上等!"の2人は、いつものように常連さんと「今宵に乾杯!」。
たくさんの食材を目の前に、最初の一品に迷っていると「こういうのはお好きですか?きぬかつぎ。蒸してあるんで、あっためて塩で」とご主人。長しゃもじで差し出されたきぬかつぎ(=里芋)の皿を受け取り頬張ると、ねっとり絡むあの食感。「うまいね」と満面の笑みを浮かべるきたろうさんが「刺身はあるの?」と聞けば、待ってましたとばかりに「今日は地ダコがありますね。地の平目が入りましたから、それも入れておきましょうか?」とご主人が返す。朝〆の平目を昆布で締めた刺身に、地だこ、紋甲いかなど4種盛りは、新鮮そのもの。「海のある街に来たって感じです」という西島さんの言葉どおり、鎌倉の海の豊かさを感じる一皿だ。
鎌倉で生まれ育ったご主人は、高校卒業後に池袋の小料理店で修行して、若干27歳にしてこの地に店を構えた。「ちょうど関西で、炉ばた焼きが流行りだした頃で。その頃に京都に行って"これはいいな"って始めたんです」。それはまだ、小町通りに土産物店もない頃のこと。店にある2本の長しゃもじをもたせてもらうと、開店当初から使っているものは、新しいものの倍以上重い。「油やいろんなものを吸って、重くなるんですね」とご主人。この重さこそ、この店の歴史の重みなのだ。
刺身に続いて登場したのは「さざえのつぼ焼き」。派手に火を上げる皿に、グツグツと煮立つさざえの香り。さざえといえばコリコリと固いものだが、こちらのさざえは驚くほど柔らかい。「おつゆも美味しい」と西島さんの言うとおり、さざえから出た出汁も絶品。そしてお次は、揚げ料理。「海老をすり身にした、海老しんじょうってのがあるんです。レモンを軽く絞って、あっさり美味しいと思います」と、出てきたそれは、焼酎ハイボールと実に良く合う。海老のなんとも言えない食欲をそそる香りと、濃厚な旨味に「ワーォ、たまらん!」と西島さんが声を上げる。
料理人気質なご主人を支えるのは、いつも笑顔を絶やさない女将の悦子さんと、息子の秀さん。23歳の時に知り合い、優しく接してくれるご主人と、わずか半年で結婚した女将だったが、そこは湘南ボーイのご主人のこと。結婚後は苦労も多かったという。その苦労を知りながら、自ら後を継ぐ決意をした二代目と共に、居心地の良い店づくりを心がけてきた。「これからいっぱい恩返ししないとダメだな。大事にしなかったら、女将は店を潰していいからね」というきたろうさんに、「それは、大事にするしかないですね」とご主人が笑う。
最後の一品は、この店の看板メニューの釜飯。釜蓋を開けると立ち上る湯気と、美味しそうな香り。「今日は五目の釜飯です。五目はえび、鳥、たけのこ、シーチキン、あとは貝柱」という二代目の説明を聞き、いただいた釜飯に「うまいねぇ。炊き具合が絶妙で、シメにぴったり」「ご飯も具もホッコホコ」と2人は大満足。愛され続けて43年。その歳月があってこそ、最近になって、ご主人を喜ばせることがあるという。「お馴染みさんに毎日来ていただいていますが、そんな親と一緒にちっちゃい時から来てた息子さんやお嬢さんが、飲める年になってうちに来てくださる。これが嬉しくてね」と、顔をほころばせる。変化の著しい鎌倉の街で、変わらぬ釜飯の味は、二代目の常連さんたちにとって、たまらなく落ち着く味に違いない。