“谷根千(やねせん)”と呼ばれ、古き良き風情を残す街として、今また人気の東京・根津。今回訪れたのは、創業38年を迎える酒場「車屋」。お店を切り盛りする三代目主人の柳井一成さんに迎えられ、カウンターに座るとネタケースにおいしそうな魚介が並んでいる。早速、焼酎ハイボールで満員のお客さんと乾杯して、自慢のお刺身をいただくことに。ハタ、カツオ、赤貝の「刺身三点盛り」が登場すると、西島さんが本日一発目の「贅沢!」という言葉が飛び出す。「見せ方が綺麗だねぇ」と、きたろうさんが言うとおり、鮮やかで品のある盛り付けが素晴らしい。「ハタが美味しい。旨味が出ていますね」「赤貝の甘いこと、甘いこと」と、二人とも一品目から「車屋」の味に魅せられた様子。
初代の主人は祖母の節子さんで、二代目は母のやよいさん。さらに祖父の福一さんは都内にある日本料理の名店で腕をふるった料理人で、父の武さんも神田で店を経営しているという。しかし三代目の一成さんは、もともと料理人への意志はなく、大学卒業後は銀行員になるつもりだった。「最終面談まで行って、内定をもらうだけの日の朝、起きたら親父の顔が浮かんじゃって、寝坊したふりをしまして……」。受け継いだDNAがそうさせたのか、料理人への道を進むことに。そんなご主人が、次に作ってくれたのは代々人気の「大玉子焼き」。特大のサイズながら、焼き目均等でピシッと角の立った焼き具合が美しい。「素人にこれは作れないんだよなぁ」「もう出汁を飲んでるみたいですよ」と、二人はご主人の腕前に感嘆。修業はどこで?と訊くと「銀座に道場六三郎という親父さんがいるんですけど……」と、料理界の鉄人の名前が飛び出す。「たまたま祖父が、道場の親父さんのお師匠というか、教えていた先生にあたるんです」というご主人の説明を聞き、「じゃあコネだね」と、きたろうさんが返して大笑い。しかし、修業でコネが効くのは入り口を叩くまでの話だった。
「先輩がみんな年下ですからね。16歳の子に怒られるんですから。すぐ辞めようと思いました。でも潜在的に負けず嫌いで……」と語るご主人に、道場六三郎の指導方法を訊くと「習うというより、年数を重ねて見て覚える。盛り付けとかすごい綺麗でしたよ。素晴らしかった」という。そんな道場六三郎の味を伝えるのが「さわらの秘伝揚げ」。20〜30種類ものスパイスを使用した秘伝のタレは、甘いのだが決してベタベタしない。さわらの柔らかい身と絶妙の相性をみせる。また同じ皿に盛られた、つくねを海老でまとめ、トウモロコシと揚げた海老しんじょう風の一品も絶品。「すごい贅沢。これにはノックアウト!」と西島さんが唸る。
最後の一品は旬の米なすを使った揚げ出し。これまた見事な盛り付けの一皿を出しながら「なすは油と相性がいいんです。あと大根おろしに海苔、生姜、おしょうゆを使う。これ、日本人の味の王道です」と、ご主人が自信に満ちた説明をする。一口頬張った西島さんは「私、ここに住みたい!」と言い出すほど。さらに「もうひとつだけ、うちの自慢の一品を」と、ご主人が出してくれたのが「鯖寿司(1,000円・税別)」。新鮮な鯖と、ゴマ、大葉とガリを加えたシャリの絶妙なコンビネーションが、口いっぱいに幸福を運ぶ。「朝締めの鯖ですよね。贅沢!よかったぁ、幸せだぁ」と、西島さんの興奮が収まらない。
ご主人が「車屋」を継いだ時は、それまで修業を重ねてきた店とのギャップに、先代と喧嘩することもしばしばだったという。しかし、それは若気の至り。「本当に馬鹿でしたね」とご主人は言う。高級店と大衆店、店は違っても客前では常に真剣勝負。そう思えるのは師匠・道場六三郎のおかげだという。「道場の親父さんのすごいところは、人間を作ってくれるところ。包丁研げよとか、ちゃんと挨拶しろ、元気にな、とか毎日言ってくれるんです」。人として大切な事ほど、何度も繰り返し語りかける。そこが固まっていれば、料理人として道を失う事はない。その事を、この店の繁盛ぶりが証明している。