今回訪れたのは、東京・荒川区日暮里の酒場「氣まぐれ」。満面の笑みで出迎えてくれたのは、女将の大野ミイ子さん。早速、いつものように常連さんと、焼酎ハイボールで乾杯を交わし、最初のおつまみをお願いすると「自家製のさつま揚げ」が登場。きたろうさんが「さつま揚げといえば、九州だよね」と言うと、女将が「うちのは日暮里風に作ってあります。(すり身を)練るところからやっていまして、もうお味が付いていますのでそのままどうぞ」とのこと。紅しょうがのピンク色が美しいさつま揚げを頬張った西島さんは、「ねぎとしょうがが効いてる。これはこのままで全然イケますね。お塩をかけたらもったいない」と、顔がほころぶ。
「お母さん、見るからに陽気だね」と、きたろうさんに言われた女将は「そうですね、なんていうんですか、今はやりの……、え〜なんでしたっけ?あ〜もう70歳になりますからね。そう、天然!天然だって言われます」と、天然ぶりを発揮。もともと食べ歩きが大好きだった女将が、「これなら私もできる」と50歳にして店を開業すべく一念発起。「氣まぐれ」と言う屋号も「素人で店を始めましたから、いつ辞めても“あぁ、あの店は氣まぐれだったから”と、噂になってもいいかな思いまして」と笑う。店を始めたところ、「やってみたら大変でした。お客さんでいるのが一番幸せです」という女将の感想が、また天然だ。
しかし、店はいつの間にか人気店となり、間もなく20周年を迎えることに。その繁盛の陰には、様々な人々の支えがあった。長女の美和子さんと、普段は役者をしている息子の泰広さん。店を始めた時は「家族全員、不安しかなかった」と語る姉弟は、店に出て女将を支え続けている。そしてもう一人、忘れてはならないのが、この道30年という板前の佐々木旭さん。恥ずかしがり屋で、人の良い佐々木さんは「面接の時から“いい感じの女将だなぁ”と。ここならうまくやっていけそう」と板場に立つことを決意したという。
次の一品は「まいたけの天ぷら」。お店自慢のこの天ぷらは、福井県産の九頭竜まいたけという天然物を使用。香りが強く肉厚で、歯ごたえも抜群。「わぁ、いい香りがする」「贅沢だなぁ。あぁ、これは天然だと分かる。おいしくって腰にきちゃった!」と、2人は絶賛。食材の仕入れは、仕事柄、地方に行くことが多い息子の泰広さんの担当で、美味しい地場のものを取り寄せるという。絶品天ぷらを楽しんでいると、頼んでいない「ぬか漬け」が登場。女将の手作りというこのぬか漬けは、常連さんにサービスで出しているもので、これを楽しみにしている人も多いという。そんな心づかいの一つひとつが嬉しい。
続いて出てきたのは「金目の煮付」。オープンの時に築地のマグロ屋さんを紹介してもらい、以来、新鮮なものを配送してもらっているという。「うまいね。板前さんの味だ」と、きたろうさんが褒めると「主婦のお客様もおいでになるんですが、この味は家庭ではできないとおっしゃるんですよ」と女将。味付けはしっかり目だが、身の甘みもある。長年板場に立つ板長の経験と技が冴える一品だ。
最後に“これだけは食べて帰れの一品”をお願いすると「私の田舎の和牛を使ったステーキがあるんですよ。私の出身が福島なんで、復興支援で応援しようと思いまして……」と出てきたのは、福島県石川町のいしかわ牛という黒毛和牛のステーキ。肉の部位は内腿で、焼き方は肉の味が堪能できるレアだという。西島さんは「肉が柔らかいの。油すぎず、赤身の旨みもしっかり目の美味しいお肉です」と、この日一番の笑顔を見せる。
お店を続けるなかで、大切にしていることを女将に訊くと、意外な言葉が飛び出した。「お客さんと一緒に、どこか旅行とかに行くのも大事なのかもしれないけど……。最初からお客様と群れないということを心がけてきました」。その心は、おひとりでも団体さんでも、女将には大事なお客様。分け隔てなく接するために、お客さんと付かず離れずの心地よい距離を心がけてきたということ。根は“天然”でも、根っからの“人好き”、“もてなし好き”だからこその言葉。だから今夜も、女将目当てにお客さんが暖簾をくぐる。