東京品川区の大井町にある「味の磯平」は、平成24年開業のまだまだ若い店。ご主人は捩り鉢巻きがよく似合う、33歳の佐藤孝さん。高校卒業後に大手居酒屋チェーンで働き、店長経験を経て、若干29歳で独立したご主人は言う。「サラリーマンから始めたので、(店を持っても)水商売って感じじゃないんですよ。自分でも“私は料理人じゃない”と思います。フードビジネスマンです(笑)」。そんなご主人が、店の良さを分かってもらうために作った「磯平の掟」なる7ヵ条がある。そのひとつ目が「乾杯は皆で楽しく行うべし!」。これは「夕焼け酒場」にうってつけ。きたろうさん、西島さん、そしてお店の常連さん達と、まずは焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。
ふたつ目の掟は、お店自慢の「牛もつ煮込み」を食べること。登場した煮込みを見て「想像していたものと違う」と西島さん。見た目はおでんのようで、巾着を割ると、ゴロリと牛もつが出てくる。「ちょっと味が濃くてハマるね」と、きたろうさんが言う牛もつの味付けは、ご主人曰く「和と洋のコラボです」。江戸甘味噌、デミグラスソース、酒、みりん、カツオだし、おろし生姜、おろしニンニクから作った特製タレによる味付けが絶品で、これを吸った巾着がまたうまい!
次の掟は肉刺しか、魚刺しを食べること。「てっさから馬刺しまであるんですけど、ふぐが390円です」と、ご主人はふぐを推すが、あまのじゃくなきたろうさんの希望で、鯨刺しをいただくことに。近頃は珍しくなった鯨刺しも、390円と安い。「鯨はなかなか手に入らないですね。でも地元でやってるので、昔から知り合いの魚屋さんが特別に……」とご主人。生まれ育った大井町で店を開いたからこその利点だ。
残りの掟は四つ。次は紀州備長炭を使った串物を食べること。もちろん焼き鳥など普通の串物もあるが、“この店ならでは!”の串が、A5ランクの素材を使った牛串。「A5って、コピー用紙にしたら大変な大きさだよ」と、おどけるきたろうさんだが、見事なサシの入った肉を見て思わず頬が緩む。これが1g15円で、お好みの分量だけ食べられるのだから、これまたお値打ちだ。
五つ目の掟は、「小腹が空いたらピザを食べるべし」。これには「ピザはいらないだろう。なんで酒場でピザを食べなきゃいけないのよ」と、きたろうさん。しかし、このピザがおつまみとして、実によく考えられている。種類が豊富で、つい手を伸ばしたくなるほどの小ボリューム。ふたりが選んだ納豆ピザは、薄い生地に具の香りも相まり「期待を上回りますね」と、西島さんが驚く。
残る掟もあとふたつ。次にいただくのは酢の物「ポンポン盛り」。椀にはタコ、鶏、豚が入っていて、ポン酢とよく混ぜていただく。酢の物のミックス盛りともいうべきこの一品は、こってりしたメニューの後に口の中をすっきりさせてくれる。きたろうさんが、ご主人に「素材にはこだわる?」と訊くと、「そんなにこだわらないですね。うまい料理を早く出して、総合力で勝負です」という。うまい刺身に、A5ランクの肉を見れば、素材へのこだわりは十分ある。しかし、ちょっと立ち寄り、ちょっとつまんで飲める酒場として、こだわりばかりを主張すれば、気軽さは失われる。その点、自らフードビジネスマンを自称するご主人のバランスの取り方が素晴らしい。お店を始める時に不安がなかったかを訊くと、「不安はなかったです。物事を考える時、私は白黒で見えるか、カラーで見えるかで表現するんです。この店をやるって時は、“私だったらこうする”というのが、カラーで見えたんですね。こういう席の配置で、お客さんが入っているのが想像ついたので、いけるなと」。人気店になっても、毎日に満足をしないとご主人は言う。「先日、お坊さんに“君も修行をしているんだよ”って言われたんです。“お客様にお酒と料理を提供して喜んでもらう、それが修行なんだから、それをもっと極めなさい”って言われたんです」。
最後の掟……。掟と言っても、多くの常連さんが守っていないように、決して守らなきゃいけないものじゃない。でも、最初の掟その1と最後のその7だけは、守るべし。それは楽しく乾杯で始めて、あぁ満足と乾杯でシメること。それだけ守れば「味の磯平」の良さは、自然と分かるはずだ。