「今日の店は“季樂”。気楽に行こうとか、季節を楽しむ、あとは季節ごとの魚が出るって意味だね」と、きたろうさんが屋号の意味を考えながらたどり着いたのは、東京国分寺市の一軒。大将の泉李克(いずみとしかつ)さんが腕を振るうこの店は、平成19年に創業。焼酎ハイボールで乾杯し、常連さんにオススメを訊くと「焼き魚とお刺身!」とのこと。まずは大将自ら東久留米の市場で毎朝仕入れる、鮮魚の刺身の盛り合わせをいただくことに。「メバチマグロの中トロにぶりの腹身。それから赤貝。金目鯛は銚子からです。しめさばは新潟産」。生真面目そうな大将が、ひとつひとつ丁寧に説明してくれる。「いやぁ、金目鯛がうまいな、コリコリしてて」「(魚によっては)ちょっと身がしっとり、ねっとりしてる感じ」と、2人が感想を言うと「本当に面白いもので、シメたての魚の歯ごたえが良かったり、シメて2日目、3日目の方が甘みの出る魚もあります。それから、しめさばにはマスタードをつけてください」。この意外な食べ方を試してみると、しめさばの味がマスタードに負けず、絶妙のバランスを保っている。魚のことを知り尽くした大将だからこその食べ方だ。
次の一品はお店自慢の囲炉裏で焼き上げた魚。煮付けがうまい高級魚きんきを焼くと聞き、きたろうさんも西島さんもびっくり。「魚は本来、塩焼きが一番おいしい。炭で焼くと遠赤外線効果で外はカリッと、中はジューシーなんです。煮付けも美味しいですけど、味が均一というか……」と大将。「あぶってる感じだから、時間がかかって大変だね。相当待たせるよ、あれじゃ」と、きたろうさんが言うと「結構待たしちゃって。気が短い人は店に来てくれない」と大将が笑う。しかし一口食べると「素晴らしい、やっぱり焼き方がすごいよ。プロだよ」「きんきの脂が“これでもかっ!”ってくらいのってますね」と、2人は身を取り合うように平らげる。
大将は、東京中野で生まれ育ち、17歳の時に料理の世界へ。日本料理店で厳しい修行時代を過ごし、29歳の時に先輩が開業した魚料理専門店で、魚の扱い方を徹底的に叩き込まれたという。そして6年後、その経験を生かし自分の店を構えた。きたろうさんが「そちらのニコニコしてる方は、従業員さん?」と訊くと、途端に表情が硬くなる大将。「まぁ……、パートナーですね」。こちらの女性は、大将を公私にわたって支える敬子さん。きたろうさんに「もともとは、お客さんだったんでしょう?」と言い当てられ、敬子さんがびっくり。「だいたいそうだもん。ほとんど酒場はそのパターン」と、きたろうさんは得意げ。普段の大将について聞くと「真面目で一生懸命。こんなに喋るところを見たことがない」という。常連さんも「あんまり話さないねぇ。“ムッ”としながら仕事してる」と笑う。そんな仕事に一徹な姿勢も、お客さんを惹きつける理由のようだ。
次は、囲炉裏の火で焼く「ぶりの照焼き(800円・税込)」。愛知産の新鮮なぶりを、秘伝のタレでじっくり焼き上げた一品に「沁みる感じだね。おいしい、間違いない」と、きたろうさんが感心する。そして最後の一品は「ふぐの入った湯豆富」。「てっちりというと、かしこまっちゃうので、そう言ってます」というこの鍋は、ふぐはもちろん、出汁をたっぷり吸った豆富が絶品。ふぐの骨から出る上品かつ濃厚な出汁と、アツアツ豆腐の淡白な味わいがベストマッチ。これにはふたりも「おいしい!」の言葉しか出ない。
大将に、店を続けるうえで大事にしていることを訊くと「うまいものを出すのは当然。大事にしてるのは、人です。お客さん、従業員、仲間、パートナーです」。その言葉を聴いて常連さんも「うまい店は他にもあるけど、ここに来たいのは、やっぱり“人”だよ。大将の“人”」と言う。店と客、その絆の固さに触れ「“人もつまみ”って感じだね」と、きたろうさん。お品書きには書いていない、そのつまみがあるからこそ、人を惹きつける。そしてそれがある店だからこそ、名店と呼ばれるのだ。