「うわ、おでんの林だ。みんな串が差してある」と、きたろうさんが驚いたのは、おでんの具ひとつひとつに刺された串の数。ここは東京、国分寺市の「しぞ〜かおでん」の看板を掲げる店「居酒屋 雅」。お店を切り盛りするご主人は相川雅斎(あいかわまさよし)さん。まずは常連さんと焼酎ハイボールで乾杯し、早速「静岡おでん」をいただくことに。
静岡おでんには、欠かせない掟がいくつかある。ひとつは具材を串で刺すこと。「大根とかは、刺さってないんですけど、ほかの練り物には全部刺さっています」という。二つ目は、牛すじで出汁をとること。表面に脂が浮いた濃厚なダシを、具材が目一杯に吸って、実にいい色になっている。「“オススメを”と言われると、やっぱり牛すじと黒はんぺん。これをいらないと言われると困っちゃう」と、ご主人は笑う。三つ目の掟は、青のりとかつお節が入ったダシ粉をかけること。「かけて食べた方が、いいんですか?」と西島さんが訊くと「かけるのは絶対!」とご主人。黒はんぺんを頬張るきたろうさんが「ふりかけがすごい! 強烈な個性だね。これひとつ50円? 駄菓子屋さんみたいだね」と言うと「もともと、駄菓子屋さんで出していたんですよ」とのこと。そしてこの店での掟として、麹味噌を使った特製味噌をかけること。この甘い味噌がまた、大根や牛スジと最高の相性を見せる。「やっぱり静岡のご出身なんですか?」と訊くと、「それがですね、違うんですよ」と意外な答えが返ってきた……。
ご主人は神奈川県逗子の生まれ。独立できる仕事をしたいと考えていたご主人が、学生時代に初めてしたバイトが飲食関係だった。その流れのまま飲食店で働いていたが「一回やめたんです。で、その後3年くらい外から見ていました。(飲食から離れていた時も)どんな仕事も結局は接客。酔ってない人との接客なんで、そこでもいろいろ学べました」。しかし店を持ち、独立したいとの思いを断ちがたく、以前働いていた店で出していた静岡おでんを看板メニューに、店をオープンさせた。「人の下につくのが嫌だったんだ」と訊くと、「はい(笑)。自己責任で、失敗しても全部自分で責任をとる。そういう考え方でした」と言う。
次のオススメメニューは、オープン当時からある「目ん玉チャーシュー」。「メンチカツ、チャーシュー、メンチカツ、チャーシューで、最後に目玉焼きです」と、ご主人が説明してくれたメニューは、“静岡おでんに負けないインパクトがあるものを”と、考えられたこってり濃厚ミルフィーユ。「アメリカ人っぽいね、このデカさは」と、きたろうさんもびっくり。続いて出てきたのは「目ん玉チャーシュー」とは正反対に、あっさり軽めの「クリームチーズの味噌漬け」。自家製のニンニク味噌で漬けた、と聞くと濃厚そうだが、味噌の味は決して強くない。味の振り幅、重さと軽さのバランスがちゃんとメニューに生かされているところを見ると、ご主人の料理センスはなかなかのもの。
最後の一品は「牛すじ焼きそば」。メニューを聞いて、西島さんが思わず「美味しそう、シメの炭水化物ぅ!」と叫んだこの一品は、おでんの牛すじがゴロッと入っているほか、串に刺さらない小さな牛すじも入っていて、お得感いっぱい。「味がいいね、お母さんの焼きそばだ」、「これはお酒が飲める味ですね」と二人とも満足げ。おでんの湯気を前に、メガネを曇らせながら一心に働くご主人に、お店を続けていく秘訣を聞くと「真面目さと適度なテキトーさ」と意外な言葉が……。これにピンときたのがきたろうさん。「そのテキトーが難しいんだよ。テキトーと言う人はテキトーにやってないんだよ。必死にやってんだよ、実は。考え方としてテキトーを持ちたいってことだよね」。「そうです。心に余裕を持っていれば、なんとか続けられるって感じ」とご主人。必死さだけでは、お客さんの心が休まらない。酒と料理を出す側も、余裕を持っているからこそリラックスできる店になる。そんな大事なことをしっかり理解しているからこそ、居酒屋 雅は今日も人で溢れかえっている。