東京都練馬区、閑静な住宅街の広がる石神井。この街の駅前通りにある酒場「酒菜 須みず」は、創業20年を迎える落ち着いた雰囲気の酒場。ご主人の小林越(えつ)さんは、高校卒業後に料理の世界へ入り、日本料理店を中心に10軒以上の店で修行を積んだという。「若いよね?」と、きたろうさんに問われ「若く見られるんですけど、50歳です。ちょっと苦労が足りないんだと思います」と、小気味いい言葉が返ってくる。また“ここは晩飯の店”だと通い詰めるお年寄りの常連さんが、「大将は無口ですよ。仕事以外では口をきかない」と言えば、すかさず「しゃべってるけど、聞こえてないだけだよ」と笑う。このご主人とお客の関係が、なんとも居心地いい。そんなサバサバしたご主人の性格が、この店を居心地良くしているようだ。
まずは常連さんと焼酎ハイボールで乾杯を交わし、最初のオススメをいただくことに。「創業時からのメニューで“海老のふかふか揚げ”という海老のしんじょう揚げです。これは以前、お世話になった親方が作っていて“教えてください”と、お願いしても昔気質の親方だったので“やってみりゃいいじゃん”って。だから結構、試行錯誤して親方の味に近づけました」とご主人。「うん、なかなかだね」、「美味しいです。たしかにふっかふか」と二人は、アツアツを堪能。メニューは基本的に、ご主人が修行先で覚えた調理法や味付けをベースに、自分なりにアレンジを加えて出しているという。
次は名前からしてアイデアが詰まっていそうなオリジナル料理「チーズ入り肉詰め巾着焼」。香ばしい揚げの食感と、中の豚肉とチーズの旨味が相まって、おつまみに最高。きたろうさんも「あっ、これはうまい。これを自分で考えて作ったの? すごいなぁ」と大絶賛。
確かな腕を持つご主人を、陰ながら支えたのが奥さんの晴美さんだ。3年の交際期間を経て「俺、いずれ独立するけど、一緒に店をやってくれるか?」というご主人のプロポーズに「はい、わかりました」と答えた奥さん。結婚を機に念願の店を開業したが……。「2年くらいすると、24時間夫婦一緒にいるのってこんなに辛いんだと思って。それまで喧嘩なんてしなかったのが、仕事でしょっちゅう」と、ご主人。そこで奥さんは仕込みだけを手伝い、店に立たなくなると、お客さんが激減。「僕の料理が原因かなと思っていたんですけど、年配の男性から“ママはいないのか”と、真面目に怒られて。“お前の顔を見に来たんじゃねぇよ”って。すごいショックでした」と笑う。
次の一品は「赤魚の煮付け」。大きな赤魚の淡白な白身は絶品で、西島さんも「美味しい!」と箸が止まらない。その味の秘密は、継ぎ足して作る煮汁にある。焼き鳥のタレと同じように、煮汁も継ぎ足しを繰り返すと、どんどんコクが出てくるのだという。このように、味付けや調理法にいくつもこだわりを持つご主人だが、最大のこだわりは“料理にこだわって、お客様をお待たせしたりしないこと”だという。「性格がせっかち?」と、きたろうさんが聞くと「お客さんに“まだかよ”と言われるのがすごい嫌なんです。みなさん限りある時間の中で飲まれてるはずなので」というご主人の姿勢がなんとも嬉しい。
いつもの“これだけは食べて帰りたい”の料理は、寒い冬にはたまらない「金目鯛と地鶏の寄せ鍋」。グツグツ煮立つ鍋の蓋を開けると「すごい、いっぱい入ってる。わー贅沢! 綺麗な色をしてますね」と西島さんが歓声をあげる。ひとくち金目鯛を食べると「鶏ダシとか野菜のダシをギュウギュウに吸ってる。仲良くするんですね、鶏と金目鯛って」と、その素材の組み合わせの妙に驚かされる。最後に“ご主人にとっての酒場とは?”を聞くと、「一言でいうと、道草を食ってるようなものかな」と答えたご主人。それを聞いて、きたろうさんは「道草って、人間にとって心の余裕だもんね」と感心する。そしてこの店のように心に余裕を与える場所こそが、本物の極楽酒場と言えるのかもしれない。