「若鶏 ザンギの店 釧路食堂」という看板を掲げる、創業15年目を迎える東京・武蔵小山の一軒。ザンギといえば、北海道の鶏の唐揚げのこと。となると、北海道生まれの西島さんのテンションが上がる。早速、焼酎ハイボールで乾杯し、そのザンギをいただくことに。きたろうさんが、ご主人の山本ごんたさんに「普通の唐揚げと違うの?」と訊くと、「違うんです。北海道の人は、唐揚げを“ザンギ”と言うけど、ザンギの発祥は釧路にある“鳥松”という店で、そこのレシピと、50年以上継ぎ足してきた油を使わないと、本物のザンギとは言えないんです」という。「昔、釧路では唐揚げのことを中国語でザーギー(炸鶏、ジャージーとも呼ぶ)と言っていたんです。それを「鳥松」の創業者が、レシピを作った時に運がつくようにと、ザーギーの間に「ン」を付けてザンギとした」と説明してくれる(由来には諸説あり)。西島さんは、これまで食べてきたザンギを、ご主人に「偽物です」と言い切られ、ショックを隠せない。そこまでご主人が、本物のザンギにこだわるにはワケがある。
専門学校を卒業後、上京してイベント企画会社に就職したご主人。「鳥松」の味を東京で出せば絶対にウケると、企画を出したところ「それが通っちゃった(笑)。社長ほか、みんなで鳥松に行って“これはうまい!”ということになったんですけど、その会社を儲けさせるのが嫌になって、やめちゃった」。その後、改めて「鳥松」で修行し、特別に秘伝のレシピを伝授されたのだという。「あと、オリジナルのタレをつけて食べるんですが、約30種類の香辛料を合わせたタレのレシピも門外不出」。アツアツを頬張った西島さんは、「わぁ、サックサクのザックザク。衣の味がスゴく濃い。これまで食べてたザンギは、たしかに偽物……、というか別の料理。あれはあれでザンギだけど、このザンギは違う料理」と言い切るほど。ご主人の人生を変えてしまったザンギの味は、北海道育ちの人をもうならせる。
次のオススメは、箸休め的な一品の「ハツモト青唐ポン酢」。牛の心臓付近のハツモトと言われる部位をさばき、青唐辛子入りポン酢で一晩漬け込んだものだが、これが辛い! 西島さん曰く「一気に体温が! 美味しい、辛い。でも美味しい」という辛さで、これがやみつきに。さらに続いて出てきたのが「ししゃも」。西島さんを喜ばせたのが「雄も入ってるから」というご主人の一言。“ししゃもは、雌より雄の方が美味しい”事は、北海道ではよく知られたこと。卵をパンパンに抱えた雌よりも、雄の方が一回り大きく、身がホクホクしている。西島さんが「こうして食べ比べができる店は珍しいですね」と言うと、本物の郷土料理を出すため日々努力することが、店を続けていく秘訣だとご主人は言う。「手抜きをしないことね。北海道の食材が無いからといって、ほかのものを買わない。無いものは無いんだから。だってそんな食材を使うと、普通の居酒屋と一緒になっちゃう。すると今度は、居酒屋と競合しなきゃいけない」。競合相手のいないところで、誠実な料理を出し続ける事が大切なのだ。
最後の一品は、これまた北海道のソウルフード「ジンギスカン」。「凝ったジンギスカンじゃないよ。北海道の人が食べるオーソドックスなやつだから」というご主人の言葉に「それがうまいんだよ」と、きたろうさん。もやし、玉ねぎ、キャベツ、ピーマンなどたっぷりの野菜にラム肉。焼きはセルフで、ラム肉が白くなる程度の焼き加減でドンドンいただく。「あー、いい匂いしてきた。おいしい! 臭みが少なくて、これは楽しい」と西島さん。ジンギスカンを囲みワイワイ盛り上がるのが似合うこの店。ご主人も「やっぱりコミュニケーションが楽しいんだよ。なにより俺が楽しんでるから」と、飾りの無い言葉で語る。「東京に限らず、店をどんどん増やして、各県に1店舗くらい広げたい」と店長の夢は広がっている。その夢が叶う時は、北海道のソウルフード「ザンギ」が、日本のソウルフードになっているはずだ。