東京・大田区大森で創業48年目の「煮込 蔦八」を訪れた一行。「これはちょっと、そそられるね」と、きたろうさんが感心する昭和レトロな店内で、ひときわ目を引くのが煮込みの大鍋。創業以来変わらないというコの字カウンターに座り、ご主人の土屋一史さんに焼酎ハイボールをオーダー。いつものように常連さんと乾杯を交わし、早速、名物の煮込みをいただくことに。「大量に作った方が、美味しさが増します」とご主人がいう大鍋の、いい色をしたつゆには、モツや野菜、豆腐、玉子などが浮かぶ。煮込みといえば豚モツを使うのが一般的だが、蔦八では牛モツを使用していて濃厚かつ食べ応え十分。「お酒を飲む人にはたまんない、しっかり目の味付けですね」と、西島さんも満足げ。
ここできたろうさんが、カウンターのプラスチックの色札に目を留める。この店では、料理の値段ごとに色分けされたプラスチック札をオーダー後にカウンターに置き、料理が出て来ると棒に刺していく「プラスチック札システム」を採用している。これがまた、昭和の古き良き時代感を醸し出していて、食べ過ぎ飲み過ぎの目安にもなっている。ちなみに煮込みは、580円の赤札だ。
物腰柔らかで、見るからに優しそうなご主人。かつては広告代理店で働いていたというご主人が、お店の歴史を語ってくれる。「もともと私は、この店の常連だったんです。先代のご主人が亡くなられて、女将が一人で切り盛りされていたんですけど、ご高齢で店を閉めてしまうと聞いて“勿体ないなぁ”と。それから一年ぐらいお話をして引き継いだんです」。引き継いでからの方針は明確だった。女将さんの味を変えない、看板や提灯もそのまま、何も変えずに受け継ぐ。「昭和のこういう雰囲気のお店が、どんどん無くなって……」と感じていたご主人にとって、何も手を加えず受け継ぐことが大切だったのだ。
次のオススメも、先代から味を引き継いだ「アジの南蛮漬け」。「アジが大きいですね」と西島さんが驚くと、「お刺身用のアジを使っています。漬け置きをせずに、オーダーが入ってから作るので、ちょっとお時間がかかるんですけど」という南蛮漬けは、酢が効いていて煮込みを食べた後にぴったり。フワッとした食感も抜群で、ご主人のお母さんが先代女将から教えを受け、味を守っている。「最初は自信が無いんで、“ヤダ”って言ったんですけど“うちで作るように作ればいい”って息子が言うものだから……」と、手伝い始めた理由を語るお母さん。会社勤めをしていたお父さんも、今は仕込みや店の清掃を担当。きたろうさんに“親バカだね”と言われつつも、心配のタネは尽きないようで「いい子はいい子なんですが、商売に向くかどうかは……。でも、お金儲けが上手でも、お客さんが来なければ何にもならないですからね。みんなが美味しいって、来てくださるのがありがたい」と、お母さんは語る。そして2枚目の赤札が、棒に刺される。
次の一品は「くじらの竜田揚げ」。「昔、給食で出ていたのとは違って、柔らかい刺身用の肉を使っているので、ちょっとレア気味に揚げています」という竜田揚げは、分厚くて柔らかい。馬肉やくじらが大好きなきたろうさんの顔が、いつも以上にえびす顔になり、もう1枚赤札が増える。そして“これだけは食べて帰りたい一品”として、煮込みのつゆを使った「〆のうどん」が登場。47年間継ぎ足されてきた煮込みの、コクのある深い味わいは、うどんと相性抜群で、ツルツルとお腹の中に収まっていく。こちらは初めてのピンクの札。390円ナリ。
ご主人の夢は、この店が100年続くこと。残りの52年、ずっとご主人が切り盛りするのは難しい。となると、自分がそうであったように、いつか現れるであろう後継者に、味も暖簾も看板も、今と変わらぬ形で店を継いでもらいたいと願っているという。今あるものをやめたり変えるより、継続することは何倍も難しい。それを承知で店を守り、次に伝える価値がこの「店」と「煮込み」にはある。その価値は、赤札がカウンターに刺さる度に増していくのだ。