東京スカイツリーのお膝元、下町情緒が残る本所吾妻橋。一行が訪れたのは、緑の暖簾が爽やかな創業33年目の「もつ焼き わかば」。掃除が行き届いた店に入ると、焼き場担当のご主人、樺沢一男さんと女将の千代子さん、そして若夫婦がテキパキと働いている。「俺、昨日お酒を休んでるんだよね」と、乾杯もそこそこにきたろうさんが焼酎ハイボールを喉に流し込むと、実にいい笑顔が浮かぶ。早速「最初のおすすめを」と、お願いすると……。「シロのね、にんにくだれで焼いたのが一番おすすめで。普通のたれで食べる方もいらっしゃるんですけど、強引に“にんにくだれが美味しいですよ”とか言っちゃうんですよ」と女将がおすすめするシロ(腸)をいただくことに。「結構ボリューミー。香りがもうニンニク!」と西島さんが頬張り、その柔らかさに驚く。きたろうさんも「これはうまい。たれに甘みがありますね」とご満悦。
続いて、人気のレバのもつ焼きが登場。これまた大ぶりで一行を喜ばせる。「うん、うまい。大したレバだよ。新鮮でうまい! なにより食べやすい。変な臭みもないし」と、褒めるきたろうさん。西島さんに焼き加減を絶賛され、ご主人は顔を赤らめつつ「レバが薄いと、焼くときに曲がってきちゃうんです。そうなると焼きにくいんですね。やっぱり厚いほうが、食感もあって美味しいです」と語る。焼き場を担当するご主人だが、この焼き加減を会得するまでに20年かかったという。
このお店を始める前、ご主人と女将は親の代から続くメッキ工場を営んでいた。しかし昭和50年代に公害問題が深刻化し、設備投資が莫大になったため工場をたたむことに。「私の知っている人がもつ焼き屋をやっていて、ちょっとパートで働いていた時があったんです。それで、自分もちょっと始めたいと思って」という女将。「お父さんはやりたかったの?」と、きたろうさんが訊くと「やりたくなかったの。飲むのは好きなんだけど、自分でやるのは好きじゃないよ」と、また照れる。「でもいろいろ勉強して、なんとかね……。実際、飲食店の方が大変ですよ。“今日はどこか行きたいないなぁ”と思っても、適当に休んじゃうと信用なくなっちゃうしね」とご主人。“生活だから、食べていかなきゃなんない”と、ご主人は言うが、もともと生真面目な性格なのだろう。1日1日の経験を積み上げて、今の“匠”の焼き加減を会得したのだ。
3品目はあっさりと、大根おろしと酢醤油でタンをいただく「タンおろし」。きたろうさんが「うまい、さっぱりしてて美味しいねぇ」と言うように、女将が作る酢醤油が、もつ焼きの油を落としてくれるよう。タンの食感も相まって、箸が止まらない。西島さんがお店を続けるうえで大事にしていることを訊くと、「食べ物も大事だけど、やっぱり店をきれいにするってこと。性格なんですよね」と、ご主人が答える。常連さんも「厨房が光ってるからね、こういうもつ焼き屋はあまりないよ」と、誇らしげだ。掃除にたっぷり時間かけるというご主人は「サラリーマンのお客さんが多いと(店の壁とかに)寄っ掛かる。するとワイシャツが汚れちゃうじゃない? やっぱり気の毒だからね」と語る。
最後の一品は、女将が“生もつが美味しいですから是非食べてって”とおすすめしてくれた「もつ鍋」。2人前の食材を鍋に入れると“こんなに!”と驚くほどの量だが、これがスルスルとお腹に収まるのが、この鍋のマジック。ベースは醤油で、もつの甘みがほんのり溶け出したスープも絶品だ。“ご主人にとっての酒場とは?”という恒例の質問を投げかけると「食べるのも楽しいし、飲むのも楽しい。会話も楽しい。そういう場所じゃないですか?」と、店の居心地を大切にする答えが返ってきた。女将がやりたいと始めた商売で、決してやりたいと願った仕事ではなかった。しかし、「男は……、ほら影だから。男は影で黙々とやるだけだから」と焼き場での腕を磨き、そして店を文字通り磨いて来たご主人。その影なる活躍があって、この居心地の良さが生まれるのだ。