東京でも有数の人気商店街、戸越銀座。風情と人情が残るこの場所で、酒場「大滝」は今年創業46年目を迎える。「根性入ってるね、そのネジり鉢巻き!」と、きたろうさんが声をかけたのは、店の女将・滝沢るり子さん。いい匂いと活気にあふれているが、どこかしら女性らしい穏やかさもある店内で、まずは乾杯。焼酎ハイボールの炭酸が喉を刺激し「あー、旨っ!」の言葉が飛び出したところで、最初のおすすめをお願いすると「ポテトサラダなんかどうですか?」と女将。実に定番……だが、これが変わっている。この店では、ほとんどの料理を注文を受けてから作り始める。自慢のポテトサラダも、まずジャガイモを温めるところから始めるので、客前に出てきたときにはまだ温かい。作り置きの冷めたポテサラとは違うホカホカのポテサラに、きたろうさんの顔もほころぶ。
昭和47年の創業時、女将はまだ16歳。女将の母・トミさんは言う。「この子が中学生くらいの時から、こういう店が欲しいって。それでしょうがなく“じゃあ始めましょ”って」。女将は「うちの親は、食べるのが好きで毎週どこか食べに連れてってくれて。で、私が一番行きたかったのが焼き鳥屋さん」と、夢の始まりを語るが、10代で酒場を開きたいとは、相当に変わっている。最初の2年こそトミさんが一緒だったが、高校卒業後は一人で店を切り盛りするようになった。「包丁はどこで覚えたの?」と、きたろうさんに訊かれ「お寿司屋さん」と答える女将。でも、修行に行ったのではない。「お客さんに、お寿司屋さんの息子さんたちが5人くらいいて、早い時間にわざわざ来て、教えてくれたの」という。西島さんが「それ絶対、女将のことが好きでしたよ!」というと“さぁ、どうでしょうね”といった顔の女将。泣いた男もいるだろうが、孤軍奮闘する夢見る10代の女将を見れば、助けたいと思うのが人情というものだろう。
次のおすすめをお願いすると、「青森のもずくを取り寄せてるのね。それを卵で焼くと和風キッシュみたいな感じになるの」と女将。もずくにキッシュ? 想像がつかない二人の前に出てきたのは、ビストロで出てくるキッシュ風の一皿。「青森のもずくって、コリコリしてて食べるとふわっとした感じ。弾力がすごいですね。あぁ美味しい」と西島さん。一見、合うと思えない取り合わせをまとめるこのアイデア。女将の腕は確かだ。続いてはじゃがいもを千切りにして、明太子としらすと焼いたガレット風。フランスの丸く薄い郷土料理で、そば粉を使うことが多いガレットだが、こちらではチーズをつなぎにジャガイモをサクサクに焼く。これには「うまい。変わったことやるねぇ」と、きたろうさんも感心。ちょっとパリパリな食感がポイントで、焦げ目がまた美味しい。
長く厨房に立ち続ける女将だが、その道のりは平坦ではなかった。「お父さんが建築会社を経営してたけど、失敗してね。借金2億置いていなくなっちゃって」という告白に一同びっくり。「ウソでしょ…、その2億誰が背負ったの?」と、きたろうさんが聞くと「この店で全部返した。もう大変だった」と女将。そんなに儲かるもの?と訊かれ「内緒よ」と笑う女将の顔に、いたずらっぽい表情が浮かんだ。
最後のシメの一品をお願いすると「お母さんの焼きめしとかどうですか?」と女将。いい匂いがする焼きめしを頬張ったきたろうさんは「チャーハンとは確かに違う。お母さんが作るチャーハンだな」と満足げ。「お野菜がたっぷりで、若い子も喜ぶじゃない?」という女将に「初めて食べたのに、どうしても懐かしいんですよ。なんでしょうね、不思議ですね」と西島さん。おふくろの味を売りにする店は多い。しかし、おふくろの味を決めるのは腕ではなく、気持ちや心。「自分が食べる気持ちになって作ってあげたい。こんなの食べたらうれしいなとか、食べたいな」とか考えて作るという女将の料理には、きっと“おふくろの気持ち”がいっぱい詰まっているのだ。