町工場が密集する東京江戸川区の平井。駅から離れた住宅街に、毎夜賑わう酒場「松ちゃん」がある。「よほど料理がしっかりしてなきゃ、ここまで来ないよ」と、きたろうさんが引き戸を開けると、見るからに誠実そうで、無口そうなご主人の森潔さんが迎えてくれる。まずは常連さんと、焼酎ハイボールで乾杯。西島さんの「うわ〜、なみなみ。美味しい!」という歓声でスタート。メニューの札が、約100種も並ぶこの店で、ご主人が最初に出してくれたのが刺身の盛り合わせ。「あんまり産地にはこだわってないんです。その時に見た鮮度でオススメを決めてます」とご主人は言うが、全国の産直取引から、厳しい目利きを経た、こだわりにこだわり抜いた素材なのだ。「原価が高くつくんじゃない?」という、きたろうさんに「気にせずやってます。そのぶんお酒を飲んでもらえば」と、ご主人。出て来たシマアジとマグロ、ホタルイカの盛り合わせは、どれも絶品。例えば、シマアジだと「〆たばっかりだと、硬くて噛めないんですね。でも1日2日おくと甘味もすごく出て、食べやすくなるので大きめに切るんです」。熟成度によって、その包丁も変える。その流儀、こだわりは、修行で得たものではなく、独学で得たものだという。
高校を卒業後、医大の研究室に勤務したという異色の経歴をもつご主人。縁あって25歳の時に、義父が経営する「松ちゃん」で働き始め、店終わりで様々な名店を食べ歩き、その味や技術を習得したという。「寝ないで頑張りました」という情熱の根本には、「都市や田舎、下町、お店のランクにこだわらず、全部の味を知りたかったんです。全部の中で、本当に美味しいのはどこなんだろう」という、熱い探究心があったという。そしてその研究成果が、この「松ちゃん」で花開いたのだ。
次のおすすめ料理は、お刺身と並んで、この店の看板料理「もつ焼き」。「たん」と「しろ」を塩で焼いてもらう。河岸から部位を丸ごと仕入れ、自分が美味しいと思う大きさに切り、串も均等に火が入るよう、独自の打ち方をするという。「歯ごたえがよくて美味しい。旨味があるね。素材の味を楽しむっていう感じになってる」と、きたろうさんも大満足。
「うちは炒め物とか、レバーの料理が強いので……」と、出てきたのは「レバーのスタミナ炒め」。新鮮なプリプリのレバーを頬張った西島さんは「なんだろう? 初めて食べる感じ」と、その味に驚く。その秘密はオリジナルのタレ。コチジャンやニンニクを使った、その濃厚なタレの味がクセになる。そんな味の虜になった常連さんがほとんどだと聞き、きたろうさんが「ご主人は、お客の相手が下手そうだもんね」と突っ込んで、店じゅうが大爆笑。「私も無口なんですけど、しょうがなく喋ってます(笑)」という店長の根本京さんが、店の潤滑油として大活躍し、賑やかな雰囲気を醸し出す。また、作曲家、アレンジャーとして知られるミュージシャンのチト河内さんが常連さんで、その縁で“プロの演奏を聞きつつ、酒場の料理を食べる”というライブ・イベントをすでに3回も行なっているという。料理だけでなく、いかにお酒を楽しんでもらうか? その探求にも、ご主人は余念がないようだ。
最後の一品は、なんと「スパゲティナポリタン」。その料理名を聞いて、思わず「最高!」と叫んだのは西島さん。「なんていい酒場なの? 泣けるぐらい美味しそう。ちょっと、この上品な細麺!」と、声を二段階ほど高く大きくして大感激。きたろうさんも「うまい! 俺たちの世代のスパゲティだ」と、そのシンプルなナポリタンを大絶賛。「このケチャップ具合もそうですし。油の具合と茹で方。これは美味しい、これはファンになっちゃうよ」と、西島さんの様子を見れば、常連さんがこの店のどんなところに惹かれているか、よく分かる。「ありきたりとか普通とかマニュアルとか、そういうものは何にも考えないです。ただ、お客さんの意見のみ聞きます」。そう、きっちりと言い切るご主人。その潔い姿勢こそ、この店の魅力の源泉なのだ。