路面電車からトロリーバスの時代を経て、昭和61年の都営新宿線開通にともない、都心へのアクセス至便な住宅地として開けていった江戸川区一之江。そんな街の移り変わりと共に、愛され続けてきたのが今回の「大衆酒場 カネス」だ。高度成長期に建て替えるまでは、茅葺き屋根だったというから歴史の長さは都内でも指折り。黒い「大衆酒場」と赤い「中華そば」、2つ並んだのれんをくぐり店に入ると、飾り気のない一昔前の学食のような空間が広がる。そのなかで存在感たっぷりなのが、煮込み鍋を前にちょこんと座る大女将・浅野静子さん。大正生まれの御歳95歳。「おかあさん、置物じゃないよね」と、きたろうさん一行は大女将を前にカウンターに座った。
まずは焼酎ハイボールで常連さんたちと一期一会の乾杯。ぐいっと飲むと……「ん? ちょっと甘い?」と西島さん。大ぶりのコップに輪切りのレモンが浮かぶ、氷無しの焼酎ハイボールには、ほんの少し砂糖が加えられている。スッキリした飲み口の後に、ふわりと浮かぶ甘さは、カネスならではの一杯だ。最初の料理は、やはり大女将が番をする鍋の中身! 曲がった腰でカウンターに手をつき、体を支えつつ「はい、お待ちどうさま」と大女将が出してくれたのは、馬のもつ煮込み。これがまた絶品! 今は亡き先代ご主人が、試行錯誤の末に作り上げた馬のもつ煮は、豚のそれと較べて色も濃く、濃厚な旨味とクセが持ち味。「アツっ! 旨いなぁ!」と煮込みを頬張るきたろうさんに、満面の笑みを浮かべる大女将。「ご主人は良い男だった?」と聞くと、「信州の山男だもの、そんな良いわけないじゃない」と返すキレのいい言葉に、この大女将が今もこの店の看板娘なのだと実感する。
続いて“ほかでは味わえないオススメ料理”を頼むと、出てきたのがどじょうの柳川。カネスの柳川は、どじょう本来の美味しさを引き出すため、腹を裂かない“まる”という状態で使う。「骨までうまい! ちょうどいい感じにダシが染みてるね」と言うきたろうさんに「やっぱりまるのほうが味があるもんね。どじょうは味噌汁にしたり、しょっちゅう食べてますよ。ほら、このおつゆも飲まなきゃ、おつゆに栄養があるんですよ。どじょうのエキスが全部ココに出てるんだから」と大女将。おつゆを飲み干したきたろうさんは「旨いねぇ。でもこれを飲んじゃったら、もう酒は終わりっていう感じになっちゃうね」とつぶやいたところで、この店のもうひとつの看板メニュー、ラーメンをいただく。これも先代ご主人が、ラーメン店に数年間修業して作り出したという一品。しょうゆベースのスープにナルト、メンマに小さなチャーシューという古風なラーメン。「このトラディショナルな基本のラーメン。こりゃ旨いねぇ」と、きたろうさんが味わっていると、常連さんが思い出を語り出す「おふくろがよく、このラーメンを隠れて食べてました。嫁に来てご飯が足りなかったんだと思うんですよ。“おばあちゃんに黙ってろなぁ”って言われながら2人で食べたの。今もね、おふくろも俺もこのラーメンが大好きなんだよ」。一杯のラーメンに様々な思い出が宿る、歴史のあるカネスだからこそのエピソードだ。
ここで大女将に「どんな客が嫌?」と意地悪な質問をすると「嫌なんて言えないの! でも戦争中の酔っぱらいはタチが悪かったからね。金を払いたがらなくってさ“何この野郎!”って、鉄瓶持って(煮え湯を)ひっかける真似くらいはやったよ。男手がないから、それくらいキツくなければ商売にならないでしょ」。大女将が嫁いで2年後、ご主人は戦地に赴き、残された大女将は病気がちな両親と幼子を抱え、女手ひとつで店を守り続けた。「でも(長くお店を続けて)楽しい事もあったんじゃないですか?」と西島さんが聞くと「楽しいなんて一回もない。夢? 無いよ。次の東京オリンピックも見ようと思わない。39年のオリンピックを見てるからね」。辛い時代も楽しい時代も、精一杯生きた大女将の言葉は、驚くほど清々しく力強い。湿った気持ちでのれんをくぐっても、ここでもつ煮やラーメンを食べれば、ドンっと背中を叩いて気合いを入れてくれる。そんな元気をもらえる一軒だ。
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カネスの焼酎ハイボールは、最後まで味が変わらない氷無しの酎ハイ。「レモン汁を絞って、甘みを加えて、手を加えてるんですよ(笑)」とは、店を切り盛りする3代目女将の浅野頼子さん。270円(税込)
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東京では豚を使用するのが主流だが、カネスでは先代のこだわりで馬のもつを使う。その味の違いを是非味わってほしい。400円(税込)
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通常のどじょうの柳川では、腹を開いて内蔵を取り出したどじょうを煮るが、こちらは開かずに使用。どじょう本来の味が楽しめる。600円(税込)
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住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都江戸川区一之江6-19-6
03-3651-0884
16:30〜22:00
水曜
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。