「青森のものを食べさせてくれるんだって、ここ」と、きたろうさんに導かれて地下への階段を降りていくと、賑やかな雰囲気の広い店内が広がる。ねぶた祭りの意匠が、店のそこここにあり、お客さんに出身をたずねると、当然のように青森。お客さんの約半分が青森県人で、みな「美味しいお料理がいっぱいですよ」と口を揃える。これは期待せずにはいられない。東京・神田の「居酒屋 跳人」のご主人、小野幸春さんに焼酎ハイボールをお願いすると、「レディーファーストですから」と西島さんからサービス。そのスマートな立ち振る舞いに感心しつつ、まずは「今宵に乾杯」。
今日はすべての料理が青森づくし。最初の一品は、津軽海峡で獲れた透きとおるように美しい水ダコ。真ダコにくらべ水分が多いが、柔らかくて味もしっかり。「うん、歯ごたえがシャキシャキ。最高!あ〜柔らかくて、美味しい」と西島さん。御年67歳というご主人に、きたろうさんが「青森出身というと、集団就職みたいなイメージがあるんだけど、その時代?」と訊くと、「その時代ですね。高校終わってすぐ、青雲の志を抱いて夜行列車で上野まで」とご主人が微笑む。その後、ホテルでソムリエとなり、足掛け30年間勤め、50歳で早期退職をする。“どこのホテルですか?”と何気なく訊けば“帝国ホテル”と、答えが返ってきて二人はびっくり! 「一流中の一流。レディーファーストって、そう言うことだったんだ」、「さっき、腰掛ける時も、椅子を引いてくださったんですよ」と、サービスのスマートさの理由に納得する。そんなご主人が、残りの人生で故郷に貢献したいと思い、始めたのが、このお店。青森の食材で本場の味を提供するほか、月に何度か津軽三味線のライブも行なっているという。この日も、若手津軽三味線奏者の本田浩平さんの演奏を聴いて、しばし北国で生きる人たちの力強さを感じる西島さんときたろうさんだった。
続いては「けっこみそ」という貝焼き味噌料理。けっことは“貝っこ”、つまり貝のこと。「昔は、ほたての貝を嫁入り道具の中に入れて、精をつけてくださいと、持たせてやったと伺っております」とはご主人。貝皿に出汁とほたての身を入れて、味噌で煮込んで卵でとじた一品で、「結構、ガツンとくるこの塩加減。北国の味!って感じですね」と西島さん。北国の味はまだまだ続く。「生姜味噌おでん(790円・税込)」は、お好みで生姜味噌を付けていただくおでん。「戦後、青森駅周辺にたくさん屋台があったんです。その中の一軒の女将さんが、青函連絡船に乗船する人たちのために“少しでも身体を温めて、冬の厳しい津軽海峡を越えてください”という想いを込めて考案されたと伺っております」。「愛のあるおでんだね」と、不意に『津軽海峡冬景色』を口ずさむきたろうさん。「北の人だって無口な人ばっかりじゃないよね」と言うと、青森県人の常連さんが元気よく「はい、よくご存知で」と返ってくる。しかし、中には会社に入っても言葉が通じないため、電話に出られなかったと言う人も。「それで、どんどん無口になっちゃうのか」と、納得するきたろうさん。
最後の料理は「シャモロック鍋」。シャモロックとは青森産の地鶏で、20年かけ交配された、見た目にも美しい鶏。これを使って青森南部の郷土料理、せんべい汁仕立てでいただくというもの。シャモロックの非常に濃厚な出汁と、繊細な食感にまずは感動。さらに南部せんべいが出汁を吸い込み、モチモチとした食感が加わる。「この鶏。シャモロックうまいわ!」「こういう郷土料理って、勢いっていうか、生命力があるんですよね。パワーを感じるなぁ」と、青森料理の魅力にハマったようだ。
店を続ける秘訣は「ただひたすら忍耐、忍耐、忍耐。忍耐ですよ」と笑うご主人。確かに、青森の厳しい冬に鍛え上げられた忍耐は、商売に役立つ部分が多いのかもしれない。「何の才能もないから、ただもう忍耐をしていれば少しは幸運が来るんじゃないかと思う」とご主人は言うが、身についた忍耐、それこそが才能であり、ご主人の人生を切り開く最大の武器だったに違いない。