巨大なオフィス街でありながら、オシャレな飲食店も並ぶ街、東京・恵比寿。そんな街の狭間に、開店して32年になる焼き鳥屋「栃木屋」がある。時代に流されぬ渋い店構えで、店に入るとご主人の渡辺正夫さんと二代目の且一さんが出迎えてくれる。いつものように常連さんと焼酎ハイボールで乾杯し、オススメの一品目をいただくことに。
「うちは串が専門。まずはねぎま、レバ、梅シソですね。息子が焼きますんで、よろしくお願いいたします」と、ご主人が言う。きたろうさんが「親子仲は、いいんですか?」と訊けば「仲いいです。喧嘩しながら……」と笑うご主人。出てきたねぎまとレバを頬張り「ねぎを最初に挟んだ人は偉いよ!」と、ご満悦のきたろうさん。「懐かしい味。大将、タレの味は、前から変わらない?」と訊けば、「そうですね、うちは鳥に豚、それに牛も串で出すんですよ。そうすると、味がミックスされて違ってきますね」。続いて、ささみを開き大葉と梅干しを挟んだ、この店独特の梅シソをいただく。こうすることで、梅干しの味がささみに染み込むのだと言う。「これ美味しい! ささみはあっさりしているから、これくらい梅とシソがガツンとキテくれた方が嬉しい」と西島さんもベタ褒め。
ご主人の両親は栃木出身で酒場を営み、今も中目黒で「栃木屋」の看板をあげている。しかし、ご主人はサラリーマンに憧れ、一部上場のスーパーマーケットに入社。10年勤めたところで自分の商売をやりたくなり脱サラした。「親父さんが店をやっていたから、ある程度の自信はあったんだね」と訊くと、「はい、それはありましたね」という。自信だけではなく、腕の良さも感じさせるのが、店の名物「つくね」。一目見て驚くのがその形だ。通常はお団子型だが、こちらのつくねは一枚肉のように平べったい。見た目の良さと食べやすさを極めてたどり着いた、このつくね。「いつもと形が違うだけで味も違う気がします。シャキシャキした食感のものが入ってる」という西島さん。このシャキシャキの正体は玉ねぎ。ほかとは違う味を追求してたどり着いた、渾身の一串なのだ。
ご主人以上に、厨房で忙しく働く2代目の且一さん。父の誘いを受けて仕事を始めて13年目。毎日、開店する4時間前から父と二人差し向かいで仕込みをするという。焼き台を任されるようになったのは1年半前。「息子は無愛想。だから常連がフォローしてます。でもいないと困るんです」とは常連さん。そんな且一さんの作るオリジナル料理「しろもつとにんにくの芽炒め」が、次の一皿。名前のとおり、しろもつとにんにくの炒め物だが、そこに大量のショウガを投入。味のパンチもさることながら、これが実に焼酎ハイボールとよくあう。「ショウガがすごい効いてる!でも一噛みすると、しろもつの味がウワッときますね」と西島さん。
「最後の一品を……」とお願いすると「では、焼きおにぎりを」との答え。これに西島さんが「最高です、お願いします」と大感激。きたろうさんは味噌味を、西島さんは醤油味をいただくことに。炭で焼かれたおにぎりは、外側がコリコリ、中はふっくら。「薄味だね。たっぷりの味噌じゃないんだね」と、きたろうさんが言うように、お米の味を際立たせる絶妙の味付け具合が素晴らしい。
脱サラまでして始めた店。そんな店で働くことの喜びを訊ねると「とにかく知らない人と、出会えるのが一番ですね。あと、自分で働いて稼ぐってことが、自分を試されていると思います。それが“生きている”っていう実感になっている。努力すれば努力した分、返ってくるし。何でも自分に跳ね返ってくる」。次から次へと装いを変えていく街で、努力を重ねることで人気を保ち続ける。ご主人から且一さんに代が移ったとしても、きっとその信念は受け継がれていくだろう。