世田谷区の梅ヶ丘駅のすぐ近く、商店街でひときわ目を引く渋い佇まい。「時代が遡ってるね。まさに洒落亭、シャレてぇんじゃねぇの」と、きたろうさんが暖簾をくぐる。創業50年目を迎えた、ここ「洒落亭」。25席の店を一人で切り盛りしているのは、大将の松田孝洋さん。店内に飾られた神輿を見れば分かるとおり、大将は相当な祭り好きのようだ。早速、焼酎ハイボールで常連さんと乾杯して最初の一品をいただくことに。「この長芋の酒盗煮から行きますか?」と指されたのがカウンターのおばんざい。しかし出て来たのは、先ほどのおばんざいと様子が違う。「料理が全然違うじゃない」と訊けば「(そのままだと)酒盗の味がとんがってますから、ちょっと卵でとじて柔らかく。温めたほうが美味しいですしね」と大将。「手間ひまかけてるね」と頬張ると、シンプルな味が深みのある味に大変身。人気メニューというのも納得だ。
大将は高校を卒業後、貴金属加工会社に就職したが、三年で退社。その後、もつ焼き店で働きながら、祭り同好会に参加し、そこで洒落亭のオーナー・斉川秀夫さんと意気投合。祭りでのリーダーシップと明るい人柄を買われ、20年前、洒落亭の暖簾をまかされた。以来全てのことをたった一人でこなし、試行錯誤を繰り返して自分の店のスタイルを築き上げてきた。
続いてもう一品、カウンターのおばんざい「里芋と豆富の揚げ出し」をいただくことに。もちろん大将のこと、そのまま取り分けて出す訳がない。「また卵を入れんじゃない?」と、タカをくくっていたきたろうさんの前に出て来たのは、白いスープが掛かった揚げ出し。里芋、豆腐、こんにゃく、ニンジンを180度の油でカラリと揚げ、最後に特製の豆乳スープをかければ出来上がり。アッツアツを頬張れば、里芋のねっとりとした食感。そこに濃厚な豆乳スープが絡むというアイデアに、二人とも納得、感心しきり。
店を任された時のことを聞くと「いろんなお客さんがいますから。優しい人も厳しいお客さんも……、勉強になりますね」。そんな大将を常連さんは「物知りなんですよ。勉強されててね、本を読むのがお好きなようです」という。常連さんが「我々の修行の場ですから」と茶化して言うと“勘弁してください”とばかりに、かぶりを振って「そんな堅苦しくないですから、気持ちいいのが一番ですから」と、大将が大いに照れる。
3品目は「茄子・茄子・茄子」という茄子料理の三点盛り。焼き茄子を生ハムで巻いたものと、揚げ茄子、お漬け物が上品に盛られ「ちょこちょこっと、たくさん食べたいなぁという時がありますよね」という大将に、西島さんが「分かるぅ!」と激しく同意。「でも、面倒臭いじゃない?」と、きたろうさんが訊けば「面倒臭いといえばね、全て面倒臭くなっちゃう。なるべく自分を律して、面倒臭いことを頑張ろうと思っています」。しかしこの店の料理は、そんなに気張った料理だけではない。4品目は蛸と葱とジャコをポン酢で合わせ、さっぱりといただく「蛸葱ジャコポン」。手のかかった料理ではないが、それでも「なんだかんだって、これはいい加減じゃないね」「シンプルと見せかけて、全然シンプルじゃないですよ。奥深いですね」と、二人は大将の仕事ぶりに感心する。
最後の一品は、またまた意表をついて「烏賊とズッキーニのゴルゴンゾーラソース」という創作イタリアン。ゴルゴンゾーラチーズのソースと聞けば、相当に濃厚そうだが、西島さん曰く「ずっしりくるのかと思ったら意外に爽やか」。店構えから想像すると、いい意味で裏切られるひとひとつの料理。それらはすべて「食べるのが好きだから、自分でこうしたら美味しそうだなって……。基本、自分の好きなものを作ってる」と言いつつ、“面倒臭い”を進んで引き受け、一皿一皿に手間をかける大将が生み出したもの。店を続けるうえで何よりも“誠実さ”を大切にしているという大将の人柄が、そのまま現れた名店だ。