東小路にすずらん通り、平和小路と細い路地に無数の酒場が軒を連ねるJR大井町駅北側は、大人のワンダーランド。今回の酒場は、平和小路にある平成22年創業の「お魚sun」。女将の石川由佳さんと板前の西山慎一さんに迎えられ、いつものように焼酎ハイボールで乾杯し、最初のオススメをお願いすると「うちは、お刺身がメインですので」と女将。市場を通さず真鶴港から直送されるという魚は、どれも新鮮で種類も豊富。板さんが出してくれた刺身の盛り合わせには金目鯛をはじめ、ワラサにイサキ、スズキ、目鯛、メジマグロと、見た目にも超豪華。「金目鯛なんか、なかなか食えないよ」「ちょうどいいしっとり具合」「脂がのってますね、ワラサ。いい色だ。脂が乗ってるけどクドくない」「イサキはちょっと甘い」と、箸と言葉が止まらない。週に3回、トロ箱で金目鯛をはじめ、様々な魚が届き、それを板さんが捌いていくのだという。
続いての料理は、金目鯛の粗煮。煮付けが好物のきたろうさんが喜ぶのは当然として、その立派なお頭を見れば、誰しも気持ちが上がること間違いなし。西島さんは、コラーゲンをたっぷり含んだ目玉を食し、そのプルプル感を満喫。金目鯛の煮付けは、時間をかければ良いというものではなく、強火で短時間のうちに味付けし、身がバラバラになる直前まで弱火で染み込ませる。そうした板さんの確かな技術に、女将さんも常連さんも全幅の信頼を寄せているようだ。
一方の女将さんは自ら認める料理下手。しかし、これまでの経歴がふるっている。短大を卒業後、貿易会社に就職するも26歳で退社し、イギリスへ留学。1年半後に日本へ戻り、旅行会社に就職し、世界中を飛び回る日々を送っていたという。「私、なにかやりたいことがあると、それにのめり込んじゃうんですよ」という女将に、酒場を始めたきっかけを訊くと「食べることが好きだし、違う業種に挑戦したかったんだと思います」という。やったことがないことに挑戦しようとして、最終的に酒場に行き着いたのかと思えば「最終的かどうかはまだわからないです。自由人ですから」と女将。その何物にもとらわれない生き方に、常連さんも惹きつけられているに違いない。
次の料理は、お魚を離れて「生のり入り玉子焼き」。黄色い玉子焼きに、のりの緑が散り、まずは見た目で魅了されて、箸で摘めばのりの良い香りが鼻腔をくすぐる。絶品の玉子焼きを食べた時に出てくる、きたろうさんのお決まりの言葉「プロの玉子焼きですね。家庭では作れません!」も、当然飛び出す。
板さんから見た、女将さんの印象を訊くと「テキパキしてますね。やっぱり頭がいいから、迷わないですね」という。料理は苦手だが板さんに対しての「こうしてください」という指示は的確だという。そんな女将に、店を続けていく秘訣を訊くと「真面目に美味しいものを提供すること。一番正直にね」という答え。きたろうさんは「真面目なんて恥ずかしいけど、この歳になると、もう真面目な生き方しかないよね」と、しんみり。
最後のメニューは「じゃこ飯のおにぎり」。「それも醤油味で懐かしい感じの味付けで」と聞いて大喜びの西島さん。醤油とのりの香りが、適度にお酒の入ったお腹に広がっていくようだ。あまりの食べっぷりに、女将が「もうちょっと食べられますか?」と出してくれたのが、店の一番人気「バッテラ」。自称“バッテラとサバにはうるさい”というきたろうさんだが、こちらの一皿にはあっさり脱帽。西島さんは「締めが浅くて、爽やかなバッテラですね。この“ゆかり”が入ってるの、美味しい。人気が出ちゃうの分かるなぁ」と大絶賛。どれだけ大井町の飲み屋の数が多くても、これだけの魚を食べさせる板さんと、魅力的な女将が揃う店はそうない。お客さんの足も、自然とこの店に向くというものだ。