東京は世田谷区、下北沢のビルの2階。その名も「戦国やきとり 陣太鼓(づんでこ)」という酒場で、カウンターに座るなり「親子だな。顔がそっくりだもん」と、きたろうさん。そう、この店はご主人の田口明さんと次男、三男、そして女将の千代子さんが切り回すアットホームな一軒。「似てますか?」、「似てるよ、鼻なんかそっくりだもん」と言うと「それは“はな”はだ失礼しました」と、ご主人のダジャレが飛び出し、さらに女将が「妻です、お刺身の“ツマ”の妻ですが」と挨拶し、焼酎ハイボールの乾杯を前にひと盛り上がり。
さて、最初のオススメをお願いすると「では、信秀と秀頼を」と、なんのことか「?」が浮かぶ。店のメニューに戦国武将の名前が付けられ、それぞれ信秀は豚バラ、秀頼は鶏モモを指すのだという。まぁ、「戦国やきとり」という店名であれば、その趣向も納得。しかし、さらなる謎は厨房の真ん中にドンと据えられ、その存在感をアピールする焼き台だ。「ステージみたいだね、お父さん」と言うと、ご主人がおもむろに大きな振り付けで、串に塩をかけ始める。その鮮やかな手さばきに一同呆然! 「お寿司握ってるんじゃないよね、何これ! 塩かけすぎじゃないか?」と、きたろうさん。しかし、よく見れば派手に振られている塩の量は、ご主人の見事な手さばきで調整され、魅せるパフォーマンスとして完成されている。これぞ創業38年の技。「焼き鳥には見せ場がないので。18歳の時から日本舞踊をやっていたので、その踊りの型を取り入れました」。さらに三男の昴利さんから「(付け合わせの)キャベツを串に刺しながら食べると、さっぱりして美味しいです」とアドバイスをもらい、そうして食べてみると、ちょうどいい感じの酸味が、口の中をさっぱりさせてくれる。「お父さんがすごい焼き鳥が好きで、いっぱい食べたいということで、特製ビネガーをかけて出しているんです」という。続いてつくね(千姫)と、うずら、赤ウィンナー、ししとうの変わり串(お夏)を、次男の尚利さんがパフォーマンス付きで焼くことに。味は格別。しかし、まだまだパフォーマンスは弱々しい。「お前の型は、まだ見せられるものじゃないって言われます」と、尚利さん。修行の道は、まだ半ばのようだ。
ご主人はもともと、武蔵小杉の電機工場で働いていたが、趣味でレコード店に通っていたところ、その店の社長に誘われて転職。そこで女将さんと出会い結婚する。「昔は無口だったんですよ。それが良かったんですけどね」と女将が笑う。その後スナック経営を7年ほど経て、大好きな焼き鳥を商売にしたいと決意する。「“変わった焼き鳥はないかな”って、九州に「戦国焼鳥」という店があったんですよ。それをちょっと見てみようって、博多へ飛んで。夜6時頃から8軒回って(笑)」。思い立ったが吉日、猪突猛進で励んで41歳で開業。今に至るのだが、その陰には女将さんの献身的な助力があったことは、言うまでもない。
次のオススメは女将考案の「ネギピリ」。その名の通り、ネギにピリ辛のタレをかけたシンプルなおつまみだが、これさえあれば焼き鳥も焼酎ハイボールも、いくらでもイケる。そんなアクセントの効いた一品だ。「ネギがうまいね」の、きたろうさんの言葉に、「(女将には)“ネギ”らいの言葉をあげたい……」と、またご主人のダジャレ。
シメの料理は「イワシ玉子焼き」。あまりなじみのない組み合わせにワクワクしていると、出てきたのはう巻きのようにイワシの蒲焼を玉子焼きで包んだ一品。焼き鳥のタレの甘味に、上品な玉子の味。玉子焼きもイワシも大好きなきたろうさんは、「高級な寿司屋にいる気分だね」とベタ褒めだ。最後に、いつもの「ご主人にとっての酒場とは?」を訊ねると、「酒場とは、酒が飲めて、うめえ焼き鳥が食えるなぁ。こんな酒場はいいよっていうような……」と的を外した答え。そこにきたろうさんがすかさず「0点!」の声がかかり、家族揃って大爆笑。答えは「0点」しかし、笑顔の絶えない家族はいつも「満点」だ。