今宵の店は東京都渋谷区の恵比寿にある、夏にぴったりな開放的でオシャレな一軒。開店して3年目の新しい店だが、酒場としてのこだわりは十分。例えば、きたろうさんが焼酎ハイボールをオーダーすると、ご主人の高丸聖次さんが「うちはですね、レモン酎ハイが6種類ありまして……」とくる。「いつもの生レモン酎」から、女性に好まれそうな「ミントで香るレモン酎」まで、どれにしようか悩む西島さん。一方のきたろうさんは「いつもの生レモン酎。濃いめにできる?」と早々に注文。西島さんは「瀬戸田のレモン塩de酎」をいただくことに。すると西島さんの前に、酎ハイと自家製のレモン塩ペーストが登場。「これを全部、酎ハイに入れて、ちょこちょこっと溶かして」と、ご主人。常連さんとの「今宵に乾杯!」もそこそこに、グイッとあおった西島さんは、「これ美味しい! これからの季節、最高ですよ!」と大絶賛。
続いては、日替わりおばんざいから選べるお通し。この日は「タコとキュウリのもずく酢」や「筍とふきの土佐煮」など4種類で、西島さんは「セロリとトマトのキムチ」、きたろうさんは「青菜とクリームチーズの白和え」をセレクト。どのメニューも家庭料理風だが、素材使いや色合いにひとひねりを効かせているところがミソ。きたろうさんが「これは女性を意識してますね」と言うと、「はい!」と即答するご主人。お客さんの男女比率は5対5とバランスが良く、それがまた人気の秘密になっているようだ。
高校を卒業したご主人は、東京で働きたいと上京。しかし、なかなか状況に恵まれず、賄い付きの飲食店でアルバイト生活をしていたという。26歳の時、全国で飲食店を展開する大手企業の社員となり、様々なノウハウを得て10年後に念願の独立を果たした。「僕、いろいろ酒場を飲み歩いて、長く続いている酒場ってどんな酒場かなって思ったんです。レモン酎ハイがちゃんとしていて、ポテトサラダと煮込みが美味しい。そういう店がなんか長く続いてるなって。だから、そこはちゃんと当たり前に美味しい店にしようと……」。そんな話を聞けば、その煮込みとポテサラをいただかねば。おつゆの色も独特な「牛すじ豆富の煮込み」は、甘みが強め。これにトロトロのすじ肉と豆腐が絡み、絶妙な味わいを生んでいる。「最高ですね。美味しいです。品のいい都会的な煮込みですね」と西島さん。ポテトサラダは見慣れた姿に、黄色い細切りの何かが乗っかっている。実はこれ、たくあん。ポリっという食感がアクセントになっている。「うーん、これは男性を意識してるね」と、きたろうさんが言えば「バレました?」とご主人。さらに、ポテサラがカレー味というのも意表をつく。レモン酎ハイと煮込み、ポテサラで、恵比寿のサラリーマンの舌を、見事にギュッと捕まえているようだ。
次のオススメは「茗荷と大葉とシラスの玉子焼き」。小さなダッチオーブンで玉子を焼き、プリンよろしく取り出して、カラメルならぬシラスをどっさり。玉子焼きが好物のきたろうさんは「子供が食べる玉子焼きじゃないね。これは人を誘いたくなる。客をちゃんと呼ぼうっていう魂を感じる」と、練り上げられた料理の演出と味に太鼓判。
西島さんが「最後にこれだけは食べて帰れのメニューをお願いします」と、いつものようにお願いすると、ご主人の顔がほころぶ。「オッケーです、じゃあアレを!」と、思わせぶりに厨房に通したオーダーは「神明鶏の肉汁焼き 上」。広島県三原市のブランド鶏・神明鶏を、じっくり焼き上げ、その時に出る肉汁をかけていただく一品。「皮がうまいね」と唸るきたろうさんに、「超、肉汁!」と喜ぶ西島さん。「焼き方から何から、いろいろパフォーマンスを考えてるね。楽しくお酒が飲めるようになっているよ」と、きたろうさんが褒めると「働いている人間も楽しみながら、お客さんも楽しんでもらいたいんです」と、ご主人。長いお付き合いになるお客さんもいれば、その日だけのお客さんもいる。そんな一期一会の酒場で働くことを、心から楽しむご主人とスタッフのいる店は、いつ訪れても最高の居心地だ。