八王子を訪れての第2弾は、川魚を専門に扱うちょっと変わった酒場「串焼き・川魚専門店 小川の魚」。焼き台の前で腕をふるうのは、ご主人の小川勇一さん。高尾山からの湧き水を使った川魚の養殖場と、そこで育った新鮮な川魚を出す酒場を経営している。「うなぎが好きでねぇ、川魚で自分が飲みたいがために始めました」と、笑うご主人。いつものように焼酎ハイボールで“今宵に乾杯”と気炎をあげ、早速、自慢の川魚をいただくことに。最初は「生きたものを食べられるのは、東京ではウチくらい」と、ご主人が胸を張る岩魚のお刺身。お店の水槽で元気に泳ぎ回る岩魚から、きたろうさんの目に留まった中くらいのサイズを捌いてもらい、岩塩と醤油で食べ比べ。「う〜ん、うまい。コリコリで新鮮!」「淡白でさっぱり。一瞬臭みがあるのかな、と思ったんですけど全然ない」と2人。“川魚=臭み”と思い込んでいる人は多いが、それは鮮度の問題。さらにこの店では、刺身で残った骨を素揚げにしてくれる。これをつまみに飲むのも一興。
「じゃあ折角なので、山女魚の塩焼きも食べますか?」と、渓流の女王がお出まし。「山女魚は他でも食べられますが、生きたのを焼くと味が全然違いますから」と、ご主人が期待値を上げるのだが、「美味しい」「うん、とっても美味しいです」と、一同笑顔で納得させるほどの美味。頭まで食べられて1尾500円。「我ながら安いなぁと思います」というが、これも養魚場があるからこそ実現できる値付け。さらには養殖業者じゃないと手に入らない「山女魚のすじこ」まで飛び出し、北海道育ちで鮭のすじこには一家言ある西島さんも「鮭と比べるとさっぱり。エグミみたいなのが全然ないですね」と、この味に驚いた様子だ。
お店はオープンして3年も経っていないが、養殖業の方は50年の歴史がある。八王子市内から車で約40分。高尾山の麓の養魚場は、祖父の一男さんの時代からのもので、ご主人の小さい頃の遊び場だったという。可愛がってくれた祖父に恩返しがしたいと、24歳の時に跡を継ぎ、丹精込めて川魚の養殖に励んだ。そして36歳の時、この美味しい川魚を多くの人に食べてもらいたいと、店を開業。お店を始めた時は「“どこの誰が、川魚でお客が来るんだ”って、散々言われました。でも、あんまり人の言うことを聞かないタイプで」と笑うご主人。「大抵の事はできますけど、僕は料理をちゃんと勉強したことがない。修行時期もなくて、自己流でしたから、お酒ひとつ出すにしても、どうしたらいいか分からなかったです」。しかし失敗しても“次は頑張ろう”と、前向きに頑張り、今の繁盛がある。
次のオススメは、うなぎの串焼き三種類。くりから焼きとかば焼き、そしてひれ焼き。きたろうさんが「見事!」と褒める焼き方も素晴らしいが、何より身が大きくて厚い。そして一同を驚かせたのがひれ焼きだ。この珍しい1串は、7匹分くらいのひれを巻いたもので「ひれだから鰻の味がしないのかと思ったら、一番鰻の味がする」という。これまたここならではの珍味だが、それを1串250円でいただけるというのが、またうれしい。
「最後の〆はご飯で。石焼きのご飯で、ビビンバみたいにうなぎとタレをガチャガチャ混ぜて……、是非食べてください」と出て来た肝吸付きの「石焼きうなぎご飯」。いわばひつまぶしの卵かけ石焼ビビンバ風だが、その説明だけで「絶対美味しい!」と、西島さんの顔がほころぶ。ジュウジュウと焼けるご飯にタレをかけ、卵を絡め焼いて食べると、濃厚なうなぎの旨味に、焦げたタレの香ばしさが渾然一体となって、食欲を促す。「おー、おこげがすごい! たまらん。卵とかでいい感じにマイルドになって、美味しい」と西島さん。店を続けてこられた秘訣を訊くと「なんとなくやって来ただけで、本当に考えてないです」と笑うご主人。ただ“何が”ということではなく「お客さんに満足してもらうため、お金と手間を惜しまずサービスをしようという気持ちは持っています」という。自分が育てた川魚の美味しさを知ってもらいたい、そのために努力を重ねるご主人にとって、厨房に立つことと同様に、魚を育てることもまた、重要な酒場の仕事なのだ。