場所は南池袋、看板替わりというにはあまりに立派な壁画が目印の焼き鳥店「母屋」が、今回のお店。42年目を迎えた店の焼き台の前で、腕をふるうのは坂江和雄さん。「このお店、なんか落ち着くなと思ったらこの壁だね」と気づいたのは、きたろうさん。店の壁は本物の土壁で、これは開店当時からだという。「なんかね。蔵に入るような落ち着きがあるよ」などと言いつつ、西島さんと焼酎ハイボールで乾杯し、早速焼き鳥をいただくことに。「暖かいうちに、お召し上がりください」と、大将が出してくれたのは、炭焼きのレバー。「ひと口食べて、鮮度が良いのが分かりました。全くもたつかないし臭くないし」と西島さん。きたろうさんが「タレとか塩とか訊かないけど」と言うと、「ご要望があっても、うちでは“これは塩、これはタレ”と部位ごとに全部決まっています。これだけはどうしてもダメです。塩で焼くか、タレで焼くかで、油の残し方とか仕込みから違いますからね。タレにあれこれ付けるのも良くないので」と、ご主人。新鮮で美味しいものを出すために、あえて守り続けるものがある。なるほど、客の信頼が高いのも納得だ。
「表の壁画は開店当初から?」と訊くと、「いえ。でも16、7年になりますかね。あそこに描いてある焼き鳥を焼いているのが、うちの先代、親父です。継いで18年、9年くらいですから、先代と重なってるのは、ほんのわずかなんですけど、まぁ中学生の頃から手伝わされて、門前の小僧というか……」と大将が微笑む。先代の八郎さんが、池袋に店を構えたのは昭和50年の事。母親の和恵さんも店を手伝い、店は繁盛したという。と、ここで次は“塩”の焼き鳥をいただこうと、ハツと手羽が登場。各部位のタレか、塩かを決めたのも先代で、大将は「遺言みたいなものなので」と言う。「塩加減が最高。ハツもプリプリで、身が硬くなってなくて嬉しいです」と西島さん。外はカリッ、中はフワッと焼きあがった手羽を食べたきたろうさんは「肉を食ってるって感じがするねぇ」とご満悦。
二代目となる大将は、大学を卒業後に塾講師をしていたが、先代が病に倒れたことをきっかけに、お店を引き継ぐことを決意。壁画の先代の絵は、闘病中の父を元気付けるために描かれたのだという。「亡くなってしばらくは、常連さんが絵の前で泣きながら飲んでましたよ。それで一杯やってから店に入ってきて、焼き鳥を食べて“まだまだだな”と言われたりね。それでも店に変わらず来てくれて、ある時レバーを出した時に“だいぶ親父の味に近づいたな”と言ってくださったのが嬉しかったですね」と、大将は語る。
次のオススメは「親鳥のたたき」。「雛鳥はクセが無くて柔らかいですが、親鳥は卵を産み終わった鶏で、味がしっかり乗ってます」と大将が言うと「老後の鳥みたいじゃない」と突っ込むきたろうさん。すると大将が「老後というか、死後ですけど」と返して大笑い。そんな「親鳥のたたき」を三杯酢でいただくと、噛みごたえのある肉質で、噛めば噛むほど味が出てくる。「このレアなところが美味しい。もっと脂がべっとりしているのかなと思ったら、そんなことはなくて」と、西島さんも大絶賛。
最後の〆は、鶏雑炊をいただくことに。ご飯ものが大好きな西島さんは「嬉しい! 最高です! お願いします。絶対美味しいよぉ」と期待を膨らます。出てきた鶏雑炊は、卵の黄色が見た目にも爽やかで美しく、鶏だしの上品な味が丁度いい。「鶏のだしって美味しいですね」などと言いつつキレイに完食!
大将に、お店を続けてこられた理由を聞くと「それはお客様のご支持、それ以外の何者でもない」と言う。きたろうさんが「大将のこだわりじゃないの?」と言うと「それは最後です。ほんのちょっとだけ。あともう一つあるとすれば、流行りに乗らずに変えないということです。ごくごく平凡な焼き鳥を、奇をてらわずに、質のいいものを吟味して提供する。これ以外ないと思うんです」。次から次へと姿を変えていく池袋の街にあるからこそ、変わらない焼き鳥の味は、人の心を掴んで離さないのかもしれない。