東京荒川区の町屋。大鍋の煮込みを囲む酒場はあれど、それが串煮込みとなると少ない。出汁に染まった真っ黒な串に、白い卵が浮かぶ。そんな鍋の情景が今も残る、創業70年目を迎えた「もつ焼 小林」。暖簾をくぐると、店内は常連さんで溢れ、女将の高木明美さんが一人厨房で忙しそうに立ち働いている。まずは常連さんと、焼酎ハイボールで乾杯を交わし、グツグツと大鍋で湯気を立てる串煮込みをいただくことに。
「串煮込みは5種類あって、5本で1皿。組み合わせは自由です」という女将の説明を聞き、きたろうさんと西島さんは1種類ずつもらうことに。「これが“ふわ”。食べた食感がふわふわしてるんですけど、肺です」と、ふわを食べたきたろうさんは「うまいねぇ、どっかで食べたような味なんだけど、食べやすくて」。「こっちは“おび”です。膀胱です」と聞き、驚きながら食べた西島さんは「思った以上に柔らかい。ここまで煮込むと、厚揚げをすごく煮詰めたみたいな食感なんですね」と興味津々。あれこれ食べ進めるうちに、きたろうさんが“あること”に引っかかる。「女将! 貫禄がないねぇ」。これには女将も苦笑。三代目として店を継いで10年、初代が屋台を引いていた頃からの味を守っているのだが……。「元々、主人に2代目から店を継がないかと話があって、どうしようか自信もなくて。でも“そんなの誰だって初めてだし、一緒にやろうよ”って始めたんですが、私が町屋は怖い街だと思ってて……。みんな声が大きいから、怒られてるような気がして“私、なんかやりましたっけ?”っていうか」という女将の言葉に、常連さんも笑う。「“今のは怒ってんじゃないよ。ただ声がでかいだけだから”って。そう主人に言われて、ようやく“そうなのね”って」。人見知りだという女将にとって、酒場の仕事は大変だったに違いないが、そんな女将が客に愛され毎夜賑わう。客商売の面白いところだ。
「旦那はどうしてんの?」と、きたろうさんが訊くと「事故で指先がしびれて、仕込みができなくなっちゃって」。それから3年、女将が仕込みから料理、接客、その全てを1人でこなしている。「1人になって、どうしていいかパニくっちゃうんです。串焼きは部位によって仕込みも違うから」と女将。串焼きの話が出たところで、これまた5本で一皿の串焼きをいただくことに。「庶民的だね。やっぱ焼きは落ち着くし、酎ハイに合うね」、「タンの塩加減もいい感じ。ハツもちゃんと柔らかい」と、二人は串焼きを満喫。
次の一皿は、女将手作りの「マカロニサラダ」。きたろうさんが「じゃあ、お願い」と言うと、ここで下町酒場ならではの事が起きる。常連さんが「女将、マカロニ5個ね」とまとめてオーダーを取ったのだ。「みんなマカロニを頼んでる。酒場の連携プレーですね」と西島さんが言うと、「人が頼んだ時にいっぺんに頼むと、楽だから。女将って、助けてあげたいって感じになるよね。だって素人っぽいんだもん」と、きたろうさん。
最後の一品は、この店の〆の定番「つけ麺」。モツの旨味が効いた串煮込みスープに、3時間煮込んだ自家製豚骨スープを混ぜ合わせた特製スープにつけていただく。今やラーメン店につけ麺があるのは珍しくないが、この店では昭和30年代からあると言う。「その頃は“冷やし”って言ってたらしいんですけど」と女将が言うように、麺が水に浸って出てくる。これをスープにくぐらせ食べると、つるつるとお腹に収まっていく。「つけ麺の発祥かもしれないね」という、きたろうさんの言葉もあながち間違いではないかもしれない。
酒場を継いだことに後悔はないと言うが、今は一人で、ちょっと寂しいと言う女将。本気で辞めようと思ったこともある。「もう本当にどうしようかなと思ったら、一番下の子が“俺、継ぎたいから、あと10年くらい頑張ってよ”って。今、小学5年生なんですけどね。それでちょっと頑張ってみようかと。でも“継ぎたくなくなったら言ってね”って。自分の人生なんだから、自分のやりたいことやって、後悔してもらいたくないから」。この話に「なんか愛が見えてくるよな」と、感動しきりのきたろうさん。働く人の姿にひとつひとつの物語がある。そんな物語に魅せられて、今宵も店に人が集う。