大都市、池袋の目抜き通り「サンシャイン通り」の少し外れ。「栄町通り」は、小さな飲み屋が集まり、昭和の風情を今なお残す裏通りだ。その通りにある「漢方牛とかき小屋」が、今回の店。平成27年創業で、ご主人の古川友彦さんも37歳と若いが、店は毎夜活気に満ちている。いつものように焼酎ハイボールで乾杯し、オススメを聞くと「美味しい三陸の生かきが入っていますので、どうでしょうか?」と、ご主人。「今日はかきの三種盛りと、宮城の三年がきです」と、副店長の丸山高生さんがスラスラと産地を説明してくれる。「宮城県の歌津のかきと、こちらが岩手県の大槌で、これが岩手県の釜石から。それと宮城県の雄勝産夢かき。三年がきとも言います」。きたろうさんが「ひとつで十分だよね」と言うくらいに立派なかき。産地は違えど、みな同じに見えるのだが、ご主人は「全然違いますけどねぇ」と笑う。「宮城の歌津からいただこう。……うまっ、新鮮! なにもつける必要がない。海の塩で十分!」と、きたろうさん。西島さんは岩手県大槌産を頬張ると「すごくないですか? これ! 旨味がすごい。この口の中の余韻がすごいですね。この旨味って、他のものに変えられないですよ」と興奮ぎみ。真に美味いものは人を饒舌にするようだ。かきの旬は秋冬だと言われるが……、「漁師さんの努力で試行錯誤していただいて、一年中新鮮なかきを提供できるようになっています。普通よりも深い海に沈めて、水温の低いところで育てて、ピークを夏に来させたり。店のかきは、その日に使う分だけを発泡スチロールで氷漬けにして送ってもらいます。今日のかきも、さっき届いたばかりなので、昨日の昼に水揚げしたものです」。本当に自信のある食材は、料理人をも饒舌にするようだ。
続いてはもう一つの看板食材「漢方牛」の登場。その名のとおり漢方とハーブを食べさせ、健康に育てた牛を提供する宮城県の牧場から仕入れているという。「漢方の味はしないよね?」と心配するきたろうさんの前に、シンシンという腿の中心の肉が登場。バターが乗った肉を一気にバーナーで炙り、最後にレモン醤油につけていただく。「漢方の味がしないよ」と、えびす顔のきたろうさんと、「あぁ柔らかい。レアな所から甘味が出て来て美味しい」と西島さん。食材の素晴らしさに、2人は感動しきりだ。
福島県会津出身のご主人が、上京したのは24歳の時。和食店で働いていたが、6年前の東日本大震災もあり、福島と東北の食材を使ったお店をやりたいと思うようになった。「震災から一年後くらいに、宮城の漁師さんが東京へかきを売りに来ていたんですよ。“美味しいですね”って話していたら、仲良くなっちゃって。“かきを売ってやるよ”、“じゃあ買います”って。その伊藤浩光さんって方が、震災後に初めて養殖を再開された方で、僕らが東京で商売をすることに応援してくださって。かきや仙台和牛の生産者さんを紹介してもらって、みなさんに助けられながら商売をしています」。偶然の出会いが思いに繋がり、今がある。人の縁を感じるエピソードだ。
次のオススメは、豪快な漁師料理「がんがん焼き」。“かき小屋といえば”の定番の料理で、蓋つきの缶にたっぷりのはまぐり、かき、ムール貝を入れ、文字通り“焼く”。「生と全然違う。漁師は偉いね」、「焼くと磯の香りとかミルクっぽさがちょっと遠慮して、その分、香ばしさがグッと来る感じですよね」と、2人は次から次へと食べていく。そして料理は“これだけは食べて帰れのメニュー”に突入! このがんがん焼きで出た出汁を使ったリゾットが登場。かきやはまぐりの旨味が溶け出した出汁スープに、粉チーズと特製トマトスープを加えてご飯を投入。さらにチーズを加え、バーナーで炙れば完成。「チーズがうまい」、「たまらないですね。トマトと貝の出汁って、こんなに合うんですね。ノックアウトです」と、口の中に残る旨味に幸せを感じる2人。福島の人間として、池袋で商売をすることは、東北や福島の復興のために働くことだと言うご主人。極上の食材を食べて、誰もが幸せになる復興支援。これに勝るものはない。