深川めしや不動堂で知られる深川は、かつて広大な荒れ地だったが、家康公の時代に切り開かれ、今も気っ風の良い江戸っ子気質が残るところ。今回のお店はそんな深川、門前仲町にある「竹や」。頭を剃り上げ一見コワモテだが、笑うと目が優しいご主人・武田実さんが包丁をふるい、女将の喜久枝さんが店を切り盛りする。着物姿で手ぬぐいを頭に巻いた“いなせ”な客が、ごく自然に店の風景として溶け込む店で、カウンターにつくなり焼酎ハイボールをオーダー。そしていつものように常連さんたちと共に「今宵に乾杯!」。
この日のお通しは、たっぷりダシを含んだ厚揚げと、やんわり仕上げたなすのみそ揚げ。じんわり旨さが体に染み渡っていくような最高の酒のつまみに、きたろうさんと西島さんが感嘆していると、隣の常連さんから「アサリが美味しいですよ、つまんでみて下さい」とアサリの酒蒸しが回ってくる。大粒でみっしりと詰まったアサリを、ズズッとすするようにいただくと、潮と酒の香りをたっぷり含んだ旨味が口に広がる。「うわ、こりゃたまらん」と唸る西島さんに、「全部食っちゃっていい?」と甘えるきたろうさん。こんな客同士のやり取りも、この店では普通のこと。常連さんは「おいしけりゃ“味見してみなよ”みたいな感じだね。色々食べてもらったり、食べさせてもらったり」と言う。さすが深川、今どき滅多にない光景が、この店には生きている。
そもそも竹やは、昭和34年に女将が前のご主人・河野武さんと始めた店。しかし河野さんは47歳という若さでこの世を去ってしまう。途方に暮れる女将さんに、救いの手を差し伸べたのが常連だった武田さん。「たまたまお客さんとして飲みに来てたんです。誰もいなくて困ってたから手伝ってあげた」というご主人に、「いつの間にか居座っちゃって、出ていかない」という女将。どちらが本当かはさておき22、3歳まで築地で働き、魚を熟知していたご主人は、メニューを魚中心に変えていった。
次は何を頼もうか思案していると「この間、若いあんちゃんが1人で入ってきたの。そしたらクジラのベーコン食いてえって。ここだと安いからさぁ」と常連さん。今やなかなかお目にかからない一品だが、舌に絡むような良質な油の旨みは何物にも代えがたい。2人がほころばせた笑みに、常連さんも「ベーコンっつうのは厚くちゃダメなの。じゃないと油だけ口に残っちゃうの。そこんとこマスターはよく分かってるからさ」と満足げに解説。ここまでうまい魚介を食べさせてもらえるとなれば、旨い刺身が食べたくなるもの。ならばとご主人が出してくれたのが大トロマグロ。その旨さもさることながら、その値段を聞いて「これで800円は安いね。寿司屋に行けば大変ですよ、2000円はとれる。贅沢だねぇ」と、きたろうさん。築地の知り合いから安く仕入れるというが、「安く仕入れてもそれを安く出しちゃ利益が無くなっちゃうじゃんよ。でもさ、儲けを考えてないからかな。2人とも顔がキツくないもんね」というきたろうさんに、女将は「明日飲める酒があればいいのよ」と笑う。最後に“これだけは食べてほしい”というおすすめメニュー「メバルの煮付け」をいただく。大衆魚のメバルが高級魚に見えるほどに、身崩れのないお頭つきのメバルが飴色に輝いている。それを口に含むと、白身の上品で柔らかな甘みが、ホロリととろけるよう。客には築地で働く人も多く、その魚の質、味付けはいつも厳しい目で見られているのだという。
「2人にとって酒場って何ですか?」と西島さんが訊くと、「お客さんがみんなで楽しくワイワイ喋ってる、そういうのが酒場じゃないかな。人間のふれあいが大事な場所だね」と、なにより人と人のつながりを大切に考えるご主人。「これからの夢は?」と訊けば、「この間ちょっと脳梗塞をやりまして、病気はいつ来るか分かんないなと思いましてね。そしたらまた飲めるうちにお酒を飲もうって」と、はぐらかす女将。この絶妙な関係のご主人と女将に「お金儲けを考えず“楽しい”っていう2人の人生は最高だね」と、きたろうさんがしみじみつぶやく。たしかに、人生をより楽しむために飲むのなら、このご主人と女将がいる「竹や」はまたとない楽園かもしれない。
-
カウンターに並んでいる煮物料理2品から、どちらかをお通しに選べる。この日は厚揚げとなすのみそ揚げ(各500円)。
-
常連さんたちが醸し出すアットホームな雰囲気に満ちた竹や。お客さんたちの間で「美味しいよ、食べてみる?」なんていうやり取りも頻繁にある。
-
築地で働いていたご主人の目利きは確か。築地市場の知り合いも多く、新鮮で質のいい魚介類を仕入れる事が出来る。
-
いいものを安く、おいしく食べてほしいというお店のモットーに基づき、他では食べられないような値段で、最高の素材を使った魚料理が食べられる。
-
メバルのような大衆魚を、上品で美味しい煮魚に仕立てるご主人。魚を知り尽くしているからこそできる味付け。メバルの煮付(1,300円)
-
住所
電話
営業時間
定休日 -
東京都江東区富岡1丁目13−2
03-3642-9275
17:00〜26:00
日曜・祝日・第2、3土曜
- ※ 掲載情報は番組放送時の内容となります。