中目黒駅前の賑わいから、南西へ歩くこと5分。この町に住む人の生活が感じられる商店街の一角に、今夜のお目当ての酒場「昆布とり」がある。ご主人の宇於崎洋志さんが厨房で腕を振るい、妻の奈奈さんが接客を担当するこの店の人気の秘密は、富山県の海の幸をふんだんに使った郷土料理。まずは常連さんたちと焼酎ハイボールで乾杯し、最初のオススメ料理をいただくことに。出てきたのは昆布締めの真ダイと、ヒラメと、スズキとアオリイカの刺身。「昆布は母が使っていた北海道の羅臼昆布を使っています。東京のお寿司屋さんで食べる昆布締めとは違って、丸一日以上締めますので、風味だけじゃなくて味もしっかり染みています。それに昆布が水分を取るので、もっちりするんです」とご主人。まずはしょう油をつけずにいただいた一行。「うまいよ、鯛の味がする」「昆布の粘り気がそのまま! 昆布の出汁がものすごく乗って染みてる。ヒラメは、昆布の味がよりガッツリきますね」。西島さんが「この店では、なんでも昆布で締めちゃうんですか?」と訊くと「普通の刺身を出す店は、数限りなくありますので、それで勝負してもしょうがない。だから昆布締めだけでいこうって」とご主人。氷見漁港直送の新鮮な魚に、あえて昆布締めの手間をかけるところに、両親の故郷・富山への愛情を感じさせる。
次は富山のかまぼこが登場。それも見た目も鮮やかな渦巻き型。「小田原とかのかまぼこって、板に付いているじゃないですか? 富山のかまぼこはクルクル巻いて作るので、板がないんですよ。ひとつは昆布で巻いてあって、もうひとつは赤巻きと言って、赤とか黄色とかの色を付けたものです」というご主人の説明を聞いて、頬張る二人。「昆布がまた美味いんだよ」、「バクバク食べちゃう。また、この練り物の魚自体が美味しいんでしょうね」と、富山名物に舌鼓!
店をオープンして13年目のご主人だが、それまでは代理店に勤めるサラリーマンだった。もともと家に人を呼んで振る舞うほどの料理好きで、40代を前にした39歳で開業を決意したという。奥さんと知り合ったのは、店を構えてから2年後のこと。友人に誘われて来店した奈奈さんと、3年間の交際の末に結婚。以来二人三脚でお店を切り盛りしてきた。「365日24時間一緒なんで、お義母さんに“あんたたち、いつも一緒にいられて良よかったね”って言われます」と、ご主人は笑う。
次の料理も富山名物の塩辛。「塩辛にも色々あるんですけど、今日出すのは肝を使っていないので、あまりクセがなく、食べやすいと思います」と出されたのは、イカスミで真っ黒の塩辛。その色にびっくりしながら食べてみると、イカスミ自体の強い旨味に二度目のびっくり! 一言に“富山名物”といっても、その味やバリエーションは幅が広い。
そして本日のメインイベントは「寒ぶりのぶりしゃぶ」! 「食べたかった! 贅沢ですよね。生でも食べられるものを……」とは西島さん。ぶりはぶりでも、富山の氷見寒ぶりといえば極上ブランド。刺身でも十分イケるぶりを「色が変わるくらいで、お野菜をくるみながら」というご主人の説明どおり、昆布出汁にくぐらせて食べると「うま! いや〜参るな、この鍋」と、きたろうさん。「しゃぶしゃぶして、なお残るこの旨味と脂。すごいですよ、このぶりの旨味」と西島さんの感想も冴える! そして最後にいただくのは、ご主人にとっての母の味「とろろ昆布おにぎり(650円・税別)」。刻んだゆかりを混ぜたおにぎりを、フワリとくるむとろろ昆布。もちろんお米は富山産。富山の様々な味覚を、おにぎりで締める理想的な流れに、きたろうさんも西島さんも大満足。
ご主人には、お客さんから聞いた忘れられない言葉があるという。「店っていうのは、お客さんを選べるんだよって言われたんです。最初は意味が分からなかったんですけど、ちゃんと真面目にいいものを仕入れて、お客さんに丁寧に接したら、必然的にいいお客さんで固まるってことなんです。それが最近になって、ようやく分かってきました」。そうして固まった常連客には、夫婦連れで訪れる人も多いという。仲良し夫婦の店を訪れる夫婦客。それだけで、この店の客筋の良さと、店の味の確かさが分かるというものだ。