東京都葛飾区の立石といえば、安くてうまいは当たり前、はしご酒必至の優良店が軒を連ねる、酒呑みの聖地。今回、目指すのは「人生のスパイス…」という一風変わった名前の店なのだが……。「看板が見えてきました。この黄色、色使い、ダサい!」と、いきなり毒舌を振るうきたろうさん。店に入ると、今度は「狭い〜!」と、またびっくり。頑張れば5、6人は入れますよと笑うのは、ご主人の高沢和征さん。店は立ち飲みで、カウンターに寄りかかると、厨房に立つご主人の顔がすぐ目の前。「キスできますよ」というほどの距離感が、この店のアットホームな空気を作っているようだ。
まずは焼酎ハイボールで乾杯を交わし、オススメのお刺身三点盛をいただくことに。イワシ、ネギトロ、エンガワに……帆立。プラス一品はご主人のサービス。「帆立がすごく分厚いの。この甘みと食感、美味しいなぁ。ネギトロも、立ち飲みでこのクオリティのものを出されちゃったら、やられちゃうな」と西島さん。「イワシも新鮮で甘い。期待はずれだよ! 期待はずれのうまさだよ」と、きたろうさんも褒める。ご主人の実家は店から程近い寿司店で、そこで15年の修行を積んだ。それゆえ魚には、人一倍こだわりがあるという。「お寿司は自分で握らないの?」と、きたろうさんが訊くと「握れると言ったら失礼ですけど、それなりに形は。この店ではやらないですね、家が近いんで」とご主人。厳しい修行時代は、涙を流すこともしばしばだった。父親の厳しい指導ではなく、常に高みを目指し“頑張ってもここまでしかできない”という悔しさゆえ。「仕事も遅いし、綺麗じゃ無いし」。34歳で開業してからは足立市場へ足を運び、自分の目で確かめてから魚を仕入れるのが日課に。「やっぱり自分で見ないと分からないんで。見て触って、自分で納得して買う。自分が出されても、良かったなと思うものしか出したくないんで。そうしないと、お客さんも信用してくれない」と、ご主人。その考え方は父親譲りだという。
次のオススメは馬刺しの三点盛。赤身に炙り、そしてタン。炙りの部位は肩バラ。「赤身を炙るとバサバサになっちゃうんですよ。でも肩バラは火を入れた方が、脂身が溶けて美味しい」とのこと。「うん。うまい」、「炙った油と、香りがいい」と2人。珍しい馬のタンも表面を軽く炙ってあり、「臭みとかそういうの、無縁ですね」と、西島さんは出される料理のレベルに驚きを隠せない。
続いては揚げたてのカキクリームコロッケ。「熱いので、一口で食べないでください」と注意されるが、ガブリとかぶりついたきたろうさん。その熱さに悶絶しつつ、顔はえびす顔。西島さんは「美味しいカキの出汁を飲んでいるみたい。すごい味が濃くてソースがいらないです」と、顔をホクホクさせる。そして〆は「スパイシー塩焼きそば」。焼き上がるいい香りに鼻をくすぐられつつ、出てきた焼きそばはシンプルな見た目。「肉はマグロを使っています。本当はエビとか、イカとかを入れたいんですけど、そうすると値段を上げないといけないので」と、ご主人。「これは、お酒に合う焼きそば」、「これ、マグロが入っていることで満足感が出ますね」と、シンプルゆえにお酒との相性も抜群だ。
「渋谷あたりに店を出そうとは思わない?」と、きたろうさんに訊かれ「怖いですね。都会は怖い」と言うご主人。「立石なら、お客さんも私を知ってくれているので、なんとかなると思ったんです。夜は人通りも多いし、電車から看板を見てくれるお客さんもいます。刺身を出してる店とは思わないみたいで、“カレーありますか?”と聞かれたり(笑)」。しかし、そんなご新規さんでもギュウギュウで飲んでいると、知らない者同士で自然に会話が弾むのが立ち飲みのマジック。「長く居る人だと4、5時間はいますよ」と言うのも、ご主人の明るい表情を見ていると分かる気がする。お店を続けていく秘訣を訊かれ「笑ってることじゃないですかね」と満面の笑みで答えるご主人。うまい魚や料理はもちろん、この笑顔がこの店の引力になっているのかもしれない。