“幻の地鶏 会津産地鶏”、“希少部位の串焼き、売り切れ次第終了”というチラシの言葉に、胸を踊らせ階段を登るきたろうさんと西島さん。東京目黒区、自由が丘の「やき鳥 歩ム」は、かつて絶滅したと言われていた会津産地鶏が食べられる店。会津産地鶏は会津の固有種で、この鶏を専門店として出しているのは「やき鳥 歩ム」が唯一だという。ご主人の石井一貴さんと、妻のなおみさんに暖かく迎え入れられ、焼酎ハイボールで乾杯。ご主人は物腰が柔らかく、きたろうさん曰く「インテリっぽいね。大学の先生みたい」と、本日は“ご主人”でも“大将”でもなく、“教授”と呼ぶことに。
最初のオススメはもちろん会津産地鶏。ニンニクとわさびを薬味に、レバー、ささみ、砂肝、胸肉のたたきの刺身四点盛をいただく。「ものすごく新鮮。確かにこれは幻って感じがするね」と、きたろうさん。西島さんは「豚とか牛よりプリプリしています。砂肝ってお刺身でいただけるんですね。あぁ甘くて美味しい」と、その濃厚な旨味と甘味にびっくり。ご主人が店を始める時に、様々な地鶏を食べ比べ、出会い、惚れ込んだというその味に間違いは無いようだ。続いては足の付け根に当たる「そりレース」という旨味が凝縮された部位を焼き鳥で。本来の味を大切にした塩焼きは、「これは噛めば噛むほどうまいね」、「うわ、美味しい。肉汁っていうか、脂っていうか、ものすごく口の中に入ってきますね」と会津産地鶏のうまさに、またまたびっくり。
続いては手羽元と手羽中の両方が付いた、大きな一本を2人で分けて。「皮もあり、お肉もありと、いろんな旨味が楽しめる部位」だという。「皮がうまいんだよ」、「いや、皮もおいしいですけど、脂の甘みがスゴくないですか? 脂が美味しい!」と意見は分かれても、「これは焼酎ハイボールに合うね。完璧に」という、きたろうさんの言葉には皆が納得!
かつてサラリーマン生活を経験したのち、焼き鳥好きが高じて修行を始めたご主人。不動産屋に勤めていた女将が、ご主人に出会ったのもこの頃。勤めていた不動産屋の社長からの紹介だったという。8年の修行の後、独立することになり、「お節介焼きの社長から“手伝ってあげたらどう?”って言われて、アルバイトに入ったんですよ。そうしたら、その社長に“あっちの方が君にあってるから、こっちの仕事はクビ”って言われたんですよ。まんまとハメられた感じで(笑)」。しかし今では「お客さんの美味しいという顔を見ていたら、胸がキュンキュンします。辛いことがあっても忘れられます」という女将さん。一方のご主人は、店を長く続ける秘訣を訊かれ「女将の言うことを聞いていれば大丈夫」と笑う。
次のオススメは、珍しい鶏の白子の塩焼き。これをポン酢につけていただく。これも、植物性の餌だけで育てられた会津産地鶏だからこそ味わえる希少な一品。「トロッと溶ける! なにこの食感!」というきたろうさんに、「フワって無くなっちゃう。それでもやっぱり鶏の旨味がありますよ。不思議!」と西島さん。続いて〆の一品は、新鮮な卵を使った「会津産地鶏の玉子かけラーメン(450円)」。自家製麺だという麺自体の香り、そして卵と醤油だけのシンプルな味付けとは思えない濃厚な旨味。最初の一品から締めまで、ひとつひとつに感動と驚きが満ちていて、かつて店のあった大田区御嶽山駅近くから通うという常連さんの気持ちもよく分かる。そうしたお客さんのため、精一杯の努力をする女将さんへ、ご主人は今まで口にしたことがないことを呟いた。「お客さんに喜んでいただくため、また来ていただくため。何より満足して笑顔で帰っていただくために、できる限りのこと、最善を尽くしてくれる」と、感謝を隠さない。その言葉を聞き「ずっと黙々と仕事ばっかりで、気難しい顔をしているのに……。初めて言われた」と涙を流す女将さん。おしどり夫婦という、これまた幻の鳥が、この店の味を深めているのかもしれない。