訪れたのは東京・渋谷区代々木の参宮橋商店街。昭和53年創業の「居酒屋 さつき」は、調理場を仕切るマスターの田澤光悦さんと、女将の恭子さんの明るい人柄で常連客が引きも切らない人気店だ。「いい雰囲気ですね」と、席に着いたきたろうさんは焼酎ハイボールをオーダーし、西島さんと今宵に乾杯。早速、オススメをお願いすると、「どじょうの唐揚げがあるんです。うちで飼ってるどじょうなんです」とマスター。「えっ!」と驚く一行に、「飼ってるの、ほら」と見せてくれた鍋で、立派などじょうがピチピチ跳ねる。これを生きたままカリッと揚げるのだという。ポン酢に紅葉おろしを溶かし、どじょうの唐揚げを付けていただくと歯ごたえが良く、焼酎ハイボールにもよく合う。レモン汁をかけても抜群だ。
マスターは福島県出身で、16歳で料理の道に入った。「私は三男坊だったから、義務教育が終わって集団就職で東京に出てきて、まずはミシン会社に勤めたんですよ。そこで先輩が読み終えた新聞を見たら、求人募集がズラーっと書いてあって、大衆割烹の給料が倍だった。それに飛びついて」と、きっかけを語る。板長に“この商売に学歴は関係ない。仕事を覚えればなんぼでもお金が取れる”と言われて心を決めたという。以来30軒以上の店を渡り歩き、“和食ならどんな料理でも作れる”と言えるほどの技術を身につけ、30歳でこの店を開業した。「50数年、包丁一本で頑張ってますよ」と笑う。女将がマスターと出会ったのは、そんな修行時代。「板前さんが大勢いらっしゃる中で、すごく綺麗な仕事をするなって。そこに惚れて、今でも変わらない」と笑う女将。マスターも「もし生まれ変わっても、もう一度結婚したい」と、仲睦まじい。
次のオススメは、なすをサッと素揚げして、味噌をつけた「なす味噌」。揚げたてのアツアツを頬張り「味噌の味が主張しないのがいいね」、「この味噌、揚げたなすと合いますね」と、その味噌を褒めると、「味噌は私が作っているんですよ。白味噌と赤味噌を合わせてね。夫婦と同じで、混ぜるといい味になる」とマスター。きたろうさんが「弟子はとらないの?」と訊くと、「弟子はいっぱいいます。今でも電話で“こういうのはどうしたらいいですか?”って聞かれたりしてね。修行時代に自分が店を辞めるじゃないですか。すると若い人が“あの親父さんに付いて行ったほうがいいんじゃないか”と、付いてくるんです。だからいつも5、6人は弟子がいる感じ」。いろんな店を渡り歩き、そこでしっかりと認められ続ける。その繰り返しがマスターに確固たる自信を植え付けたに違いない。
次の料理は「卵の唐揚げ」。珍しいメニューに驚いていると、「これちょっと変わっているでしょ。人気があるんですよ、女性の方に」とご主人。西島さんは「ちょっと、初めての感じ! この白身のシャキシャキのところが美味しい」とお気に入りの様子。この唐揚げは作るのが難しい。「油が沸かないうちに、生のたまごを落として、沸いてくると卵が揚がってくる。油が沸いている時にたまごを入れると、バーンと弾いちゃうの」と女将が言う。続いて“最後にこれだけは食べて帰れ”のメニューをお願いすると、「お醤油と味噌の焼きおにぎりはどうですか?」との答え。丸いおにぎりは、いい感じで焦げが付き、食欲をそそる。「しみていますね、お醤油。このお味噌も、ちょっと焦げ目のついているのが美味しいんですよね。外だけカリカリで、中はフワフワ。すごく見事な焼き加減」と西島さん。きたろうさんも「この焦がし方の塩梅、こりゃ家庭では作れないわ。お米も大喜びだね」と絶賛。するとマスターが「焼き物とか揚げ物は、音で分かるんです。“まだ早い、まだ早い”、“もう返してくれ、返してくれ”ってね。それで返してやると“あぁ、よかった”ってね」と語る。それほど料理と真剣に向き合うマスターに、“酒場とは何か?”を訊くと「酒場っていうのはね、酒飲みの土俵」との答え。料理やお客と向き合って、常に真剣勝負をする。これぞ包丁人の心意気。