「夕焼け酒場」の放送5年目突入と、きたろうさんの古希を祝って、千葉県の市川へ繰り出した一行。きたろうさんが生まれ育った地で、目指すは酒場「桃の屋台」。一杯入って陽気なご主人、桜井秀夫さんと女将のキク江さんに迎えられ、いつものように常連さんと今宵に乾杯! 最初の料理は「マグロの天トロ、中落ちのアンチョビソース」。「天トロ、柔らか〜い。すごく美味しい。これちょっと周りを炙ってあるんですね」と西島さん。さらに中落ちを食べて「ニンニクが効いていますね」、「これは焼酎ハイボールが進むな」と、ご主人の料理を褒める。
ご主人が料理の世界に入るには、前段がある。高校卒業後、アパレルメーカーで働いていたご主人。23歳で会社を立ち上げ、独立したものの3年後に倒産。その後もアパレル業界を転々としていたが、33歳の時に再起をかけ、飲食業界に転身することを決意。3年間の修行を経て、ここ市川にお店を開業した。「昔から一国一城の主と思っていたからね。飲むことが好き、料理が好き。それしかなかったから」。ご主人が市川出身と聞き、出身高校を訊ねたところ、きたろうさんと同じ国府台高校で、しかも同窓(昭和42年卒業)だという。「何組?」「4組」「名前は?」「桜井です」「わからないよ。同じクラスじゃないもん」なんて会話が弾んだところで次の一品へ。
「やっぱりうちは、ねぎワンタン。これは30年もやってんだ。これがなかったら、生きてこられなかった」という名物料理。スープかと思いきや、ワンタンの上にどっさりのシラガネギで、熱々の油が掛かっている。「こりゃウケるね。ワンタン好きにはたまらないもん!」と、きたろうさん。ワンタンにネギの歯ごたえ、油の甘み。この三位一体は、ありそうでなかなかない。
次の料理もアイデアが光る創作料理「プレコロッケ」。名前どおりコロッケの前、揚げないコロッケは、「コロッケをやりたくなかったし、ポテトサラダもやりたくなかった」というご主人が考え出したもの。マッシュポテト、豚と牛の合い挽き肉、タマネギ、キャベツを皿に盛り、ソースをかけてかき混ぜて食べると、あら不思議。コロッケの味がする。「あーいいなぁ。本当B級グルメって感じ」「なんて不思議なもの……。美味しい!」と、きたろうさんも西島さんもびっくり。と、ここで国府台高校時代からのきたろうさんの友人が登場。きたろうさんが窓ガラスに激突し、無傷だった話や、初恋話に花が咲く。地元で酒を挟んでの旧友交歓は、あっという間に時計の針を巻き戻していく。さらにもう一品、ご主人自慢の「カキフライのトルティーヤ巻き」をいただいて舌鼓。パリパリの野菜と、ジューシーなカキフライをトルティーヤで巻くと、洋風に仕上がって実に美味しい。
最後の一品は「ネギトロ漁師ずし」。しかし、ご主人の作る〆だけに、ただの一品では終わらない。まず見た目が普通の軍艦巻きではない。竹を割った器に茶飯の寿司飯を入れ、その上にネギトロがたっぷり乗っている。「軍艦でやるのは大変だから、早く出すために考えたの」とご主人は言うが、これは見事なアイデア勝ち。「見た目も面白くって、思わず箸がいくよね」とは、きたろうさん。“人と違うことをやる”というご主人の哲学に、きたろうさんは「これは国府台高校気質だよ。人と同じことをやりたくないって、絶えず思っているんだよ」と言う。いつものように、ご主人にとっての酒場とは? と訊くと、于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒(かんしゅ)」の一節をそらんじるご主人。
唐の時代の五言絶句に込められた、友との別れ。そして、そんな時だからこそ、こうして酒を交わしこの時を楽しもう、という思い。旧友と再会した今宵に、これほど沁みる詩は、他にない……。