ビジネスビルと官公庁が立ち並ぶ、東京都港区虎ノ門。スーツ姿のサラリーマンで賑わう、昭和62年創業の「田乃休 虎ノ門総本店」が今回のお店。厨房で腕をふるうのは店長の西井正夫さんと、副店長の兼平佳英さん。いつものように焼酎ハイボールで、サラリーマンたちと乾杯を交わし、最初のオススメをお願いすると、サッと出てきたのは名物「牛塩もつ煮」。しっかり出汁と“もつ”の食感に「うまいねぇ、さっぱりしていて」、「一品目に最適!」と満足そうな、きたろうさんと西島さん。
ちょっと緊張気味の店長と副店長。それもそのはず、きたろうさんの隣に座っていたのは店のオーナー。しかし、オーナーの2人への信頼は厚い。「店長は和食、洋食、中華、なんでもできます。そのうえ、とても優しくて真面目な性格。副店長は料理に真面目で、自分に真面目。だから全部お任せです」と語る。「でも2人は、客商売をするタイプに見えないよね。洗練されてないもん(笑)。でも、そういうところがいいんだよ」と、きたろう流に褒める。そんな似た者同士にも見える2人だが、経歴は対照的。店長は15歳で専門学校を卒業し、中華料理店や洋食店で修行を積み、35歳の時「田乃休」の前身である「居酒屋ながさき」に就職。以来15年、サラリーマンのお腹を満たし続けている。一方の副店長は高校卒業後、就職のために岩手県から上京したものの、役者を目指して会社を3年で退社。「たまたま養成所を受けたら受かっちゃったもので、それが今に至るという……」と副店長。役者を続けながらバイトを転々としていたが、そのバイト先のひとつが「居酒屋ながさき」だった。それから20年、今では副店長を任されるまでになった。きたろうさん曰く「役者とこういう仕事って、お客さんが喜んでくれるのを見るとやめられないってところでは似ているんだよね」。料理一筋の店長と、二足のわらじの副店長。このコンビネーションが、この店の気取らない雰囲気を作っている。
次のオススメは、居酒屋ながさき時代からの名物「ちゃんぽん天さつまあげ」。アツアツの揚げたてを頬張った西島さん。「麺に当たりました。キャベツとかかまぼこも入っている。本当にちゃんぽんそのものが入っているんですね!」。新鮮な魚のすり身と、ちゃんぽんの具を合わせたさつま揚げは、まさにこの店ならではの一品。続いての料理は、中華料理店で修行した店長自慢の「焼き餃子」。「握りたてなので、美味しいと思います」と表現する店長の言葉に偽りなし! 「プリプリの手作り餃子が来た! 大きいですねぇ。分かる、握りたて! 具がみっちみち。この皮の薄すぎず、厚すぎずの皮の薄さ加減!」と、3つ一皿の大ぶり餃子を、あっという間に完食。
オーナーも店長も、副店長の演劇活動を応援する立場で、仕事を含めた信頼関係は厚い。出会いから15年、共に厨房に立ち、店を守って来たお互いをどう思っているか、訊くと「料理が素晴らしいですよね。私はほとんどを店長から教わったようなものですから。常に手を抜かず、いいものを出せるように心がけています」と副店長。一方の店長は「やっぱりお互いをよく知っている分、何も言わなくてもツーカーです」と言う。きたろうさんが「喧嘩することはない?」と訊くと、「喧嘩ってほどのことでもないですけど、それはね……、そこらへんは、店長の権力で……」と、笑う店長。お互いを認め合う関係に揺るぎはない。
最後の一品は「ちゃんぽん」。鶏ガラ、豚足、さらには数種類の野菜を2時間以上煮込んだ白湯スープを、塩、コショウなどで味を整え、そこにキャベツ、もやし、豚肉、海老、アサリ、さつま揚げなど11種類の具材を投入。そのスープ、具、麺のバランスは本場そのもの。「好きなんだよ、ちゃんぽん。くぁ〜、本格的だよ、うまいねぇ!」、「東京にいるのを忘れますね」と、きたろうさんと西島さん。店長は「ちゃんぽんは副店長が、メインに作っているんですけど。本当に信念を、命をかけて、作っているので美味しいものを出せていると思います。それくらい信頼しています」と言う。魂の一杯を〆に明日への活力を養える、虎ノ門のサラリーマンは実に幸せだ。