通りから店内が見渡せるこの店は、東京都杉並区西荻窪で開店2年目の「すっぴん」。650軒もの飲食店がひしめき合う激戦区でも、この店の元気さ加減は飛び抜けている。店員さんの挨拶、掛け声、ひとつひとつが気持ちいい。その中心にいるのは、ご主人の小林淳さん。焼酎ハイボールで、きたろうさんが「今宵に乾杯!」と、音頭を取ると、店中から「乾杯!」の声が上がる。店員さんだけでなく、お客さんもノリがいい。まずはこの店のイチ押し「刺盛」をいただくことに。「築地と函館の方から、毎日仕入れて、今日は函館の時しらず(春から初夏に獲れる脂がのった鮭)と水タコ。塩でシメた平目、タタキにした宮城のカツオと、カンパチ、それと今が旬のトリ貝です」と、目の前で鮮やかな包丁の腕を披露するご主人。「うちはライブが命で、これは開店当初からの名物です」と笑う。「時しらずなんて、なかなか食べられないよ。旨味と甘味があるね」と、きたろうさんが褒めれば、西島さんも「平目のねっとり感が贅沢。最高! カツオもタコも、お刺身のレベルがすごいですね」と同意。
吉祥寺で生まれ育ったご主人は、高校卒業後、建築会社に就職。酒場で働き始めたのは、27歳の時だった。尊敬する親方の元で7年間、厳しい修行時代を過ごした。「素人包丁と言って、包丁の技より“人を売れ!”みたいな酒場で。うちの師匠は“トマトが切れれば居酒屋はできる”と言っていましたからね」と、ご主人は言うが、包丁捌きを見れば、相当に濃密な7年間だったようだ。そして34歳の若さで、地元の吉祥寺に鉄板焼の店を開く。その店も軌道に乗った頃、西荻窪への出店の話が舞い込む。挑戦ではあったが、ご主人は激戦区へと乗り込んだ。「仲間が多いもので、店のオープン時にものすごい花輪が届いたんですよ。何ができるんだ?っていうくらいの花が届いて、それで興味を持ったお客さんでいっぱいになって、嬉しかったですね」と、ご主人は語る。
次の料理は「たれこんにゃく」。ご主人が「これはね、八王子のなかの屋さんのこんにゃくなんですけど、柔らかいこんにゃくの串で……」と説明している間に串が登場。「これはお客さんに説明すると大体頼んでくれるので、説明しているうちに、もう焼き手が焼いちゃって、“ちょうだい”と言われた瞬間に出すんです」という。そのスピードにも驚くが、その食感はさらに衝撃的。「うわっは、柔らかい! こんにゃくの腰が無いよ! ゼリーみたいだね」と、きたろうさん。プルプルの食感と、絶品のたれがたまらない。
続いては「茄子の実のおふくろ煮」。ご主人の母、玲子さんが毎日作るという煮浸しで、親子喧嘩をしない限りいつもあるという。「お袋の味だ。こういうの、ほかでは食べられないんだよね」、「ちょっと辛いんだ。お母さん、お料理上手ですね!」と2人。「若い頃に親父が亡くなってから、怒ってくれるのはおふくろでした。前に一度、誕生日を祝ってやるって、その日だけ提灯をスナック玲子という提灯に挿げ替えて、おふくろが店番をやったんです。まんざらでもない感じでしたよ」と、ご主人が笑う。
次のオススメは、九州地鶏の鶏皮。ご主人が自信を持って「普通じゃない!」と推す鶏皮は、一晩タレに漬け込んだものを焼いた一品。ブロイラーは通常40日くらいの飼育期間で出荷されるが、この九州地鶏は450日も飼育される。「すごい食感。ブリンブリン。これはヤミツキ系だ」と西島さんが絶賛。最後の一品は、「10人いたら10人が食べる」という「とろ鰯」。串に刺された、函館産の大ぶりの鰯に塩を振り、そのまま火鉢でじっくり焼き上げる。“とろ”の名前は伊達ではなく、口に含んだ瞬間に溢れ出す、旨味の乗った脂がたまらない。「身も厚いし、脂の乗りもすごい、鰯らしからぬ鰯。しっとりしていて、美味しい。ちょっと衝撃ですね」と西島さん。ご主人は言う。「僕は“美味しかった”と言われるのも嬉しいんですけど、“楽しかった”と言われたいんです」。この店も“大人の縁日”がテーマ。すっぴんという店名も、着飾らない店にしたいという思いからだ。料理はもちろん、店員さんのサービスの隅々にまで行き届いたその思いが、なんとも心地よい一軒だ。