東急東横線、学芸大学駅を西口で降り、路地に入ったところに掛けられた縄のれん。ココは女将の永山恵子さんと、娘の石井友紀さんが切り盛りする、創業18年目を迎える酒場「鳥勇」。カウンターの奥へと進み、焼酎ハイボールをお願いして、いつものように常連さんと「今宵に乾杯!」。最初のオススメは……と聞くと、「大トロのお刺身を」と友紀さん。店名から、てっきり鳥専門店だと思っていたきたろうさんが驚くと、見事なサシが入った、それも贅沢に切られた大トロが登場。一口頬張って、「うん、うま!」と、唸るきたろうさん。
「本当は、焼き鳥のお土産(持ち帰り)が主で、あとは立ち食いと立ち飲み。そういう店をやりたかったんですけど」と女将。実家が、武蔵小山でお持ち帰り専門の焼き鳥店を営んでいたこともあり、18年前、現在の場所で開業するが……。「土地柄に合わなかったの。武蔵小山は、主婦がエプロンをかけたまま、買い物かごにお財布をポンと入れて、これ何十本ちょうだいっていう感じで来るのね。でも、こちらは雰囲気が違いましてね」。学芸大学という土地柄の壁に行き当たり、わずか数ヶ月で酒場に業態を変更する。「初めはお酒の作り方も知らなくて、知り合いに全部教わって。まぁ、まだ50歳くらいで元気だったから」と女将は笑う。旦那さんと二人三脚で、少しずつ店は軌道に乗り始めた。
「次のオススメを」と、お願いすると「じゃあ、メンチカツを」と、友紀さん。「大トロの次にメンチカツ!? 鳥は出てこないんだ」と呆れるきたろうさんだが、目の前に揚げたてのメンチカツが出てくると「家庭的だね、見た目が。こりゃうまいでしょ」と、表情が緩む。「ジューシーでサクサク。素晴らしい! やっぱりメンチカツってこう、肉の味がしっかりするのが重要ですよね」と西島さんも大絶賛。
娘の友紀さんが、お店を手伝うようになったのは5年ほど前から。「若い時に、ものすごくお世話になったから。ずっと遠くに住んでいて、援助もしてくれたし、そのお礼かな」と友紀さん。女将は素直に「“はぁ、よかった”って感じ。歳を取ると、そう頑張っていられないからねぇ。娘が“私が徐々にやっていくから、大丈夫よ。安心して”って。お互いに言いたいことを言うから、バババンとぶつかることも多いですよ。でも、次のメールはもう普通のメール。三歩歩いたら忘れるって感じ」と、嬉しさを隠さない。そんなアットホームな空気のせいか、常連さんには女性の一人客も珍しくない。
次の一品をお願いすると「激辛麻婆豆腐を」と、友紀さん。「まだ鳥が出てこないか!」と、焦れる2人。しかし「この麻婆豆腐を目指して来られる方も、おられるんで」と言う。それも納得。かなり本格的な色と香りの麻婆豆腐が登場。「あっ、辛い! 辛旨! これはハマる人は頼むね、たまんないよ」と、焼酎ハイボール片手に食べる、きたろうさん。最後に“これだけは食べて帰れのメニュー”まできて、ようやく登場したのが焼き鳥。しかも、他ではお目にかからない「ミックス」という串。「皮、レバー、砂肝が一本になっていて、いろんな味が楽しめるんです」と、友紀さん。誰のアイデアか、女将に訊くと「おじいちゃん、おばあちゃんの時代から、毎日それだけ売っていた」という。レバーの嫌いな人も、皮が一緒だと食べられるという。確かにレバーのねっとりした感じ、砂肝のガリっとした歯ごたえに、皮の油が絡むと大変食べやすい。また、この皮に絡むタレが絶妙。西島さんが「皮とレバーとか部位によって、焼き加減とか、焼き時間が違うんじゃないですか?」と訊くと、そんなこと考えもしなかった、という表情の女将。「そうですねぇ。でも、なんかうまい具合に焼けるんですよ。もう、それは熟練で」と一同大笑い。普通ならうまく焼けないはずの串が、ココではちゃんと焼き上がる。昔からこう焼いていて、そう焼くものだと、特別なことは何もしていないと思っていても、実はしている。それは確かに“熟練”で、決して他で真似できる技ではない。何気ない“熟練”の技と、絶品の家庭料理。味わうなら、ココに決まりだ。