東京都板橋区、庶民的な街に、杉玉と雰囲気たっぷりの看板を掲げる「仲宿酒造」。中に入ると「おぉ、魚のいい匂いだ」と、きたろうさん。昭和46年創業で、ご主人の石井俊一さんと女将の洋子さん、そしてニ代目の祥一さんが働く家族経営の一軒だ。まずはいつものように常連さんと、焼酎ハイボールでお近づきの乾杯。なみなみに注がれた杯で喉を潤し、早速一品目をお願いすると「ネギとマグロの串焼きを!」と女将。そして出てきた串に、一同仰天! 「わっ、すごい」、「大きい! めちゃ大きい! こんなに大きいことあります?」、「想像を絶するね」と、そのボリュームに目を奪われる。「意外にスジのところなんか、刺身で使えない部分を焼くと、スジが無くなるんですよ」と、ご主人。厚い身に、均等に火を入れるご主人の焼きも素晴らしい。
ご主人がこの道に進んだのは、二十歳の時、寿司屋で働く板前に憧れて。「当時は、寿司屋って二十歳過ぎると使ってくれないんですよ。給料もいらないから、2年で仕事だけ教えてくださいって、頼み込んだの。給料はくれたけどね(笑)。その代わり人の倍働きましたよ」。一昔前までは、中学卒業と同時に修行というのが当然の厳しい世界。そこで磨いた腕は今も健在で、築地で仕入れたカツオ、本マグロ、真鯛の3点盛「お刺身の盛合わせ(900円・税込)」は、人気メニューだ。そして26歳という若さで店を開業、同時に自宅も購入したという。「不安は多少ありましたけど、仕事を覚えたから、自信はありました。最初は借金です。9000万ぐらい。始めて2年くらいは、なかなか思うようにいかなかったけど、10年くらいで返したね」とご主人。「返せなかったらどうするつもりだったの?」と訊けば、「売っちゃえばいいんだから」とアッケラカンな女将。実は女将が嫁入りしたのは46年前。まさに店が上向きになる頃、その明るい笑顔がご主人を支えたのだ。まさに二人三脚で、この人気店を作り上げたのだ。
次のオススメは「白えびのかき揚げ」。これまた予想を違わぬボリューム。「顔ぐらいある。白海老の味が効いてます。上手に揚がっていますよ」という西島さんの声が弾む。揚げたのは、赤坂の日本料理店で9年の修行を積んだという二代目。学生の時から店を手伝い、この道に進んだが、すでにその腕前は両親のお墨付き。続いての料理は「まぐろ大根」。「また、でかいのが出てくるよ」という、きたろうさんの予想どおり、一本の三分の一くらいの、飴色に炊き上がった大根がドン。そして良質の出汁を出し切ったマグロのアラ。「主役なんだけど、大根のためにあるマグロ。たまらんですね」と、西島さんの箸が止まらない。
最後の一品もまた二代目の料理で、「海鮮チーズ焼」。マグロやカツオなど、様々な海鮮が詰まったグラタン風で「お昼にお腹が空いて、自分で作って食べたら“これいけるかな”って」と、生まれた一品だ。魚から出たエキスとチーズの絡み合いは、絶品だ。酒場を続けて良かった事を訊かれ「いろんな方に出会えて、教えてもらったり、励ましてもらったり、お話ができる」と女将。店をやって大変だったことなど無いという女将は「目一杯やってきた。丈夫だったんですよね、体が」と笑う。病気をせずに、笑って仕事を続けられるというのは、まさに得難い才能でもある。いつもの最後の問い「ご主人にとっての酒場とは?」に、「プチオアシス」という答え。そこに迷いなく「なんでも料理は多いくせに!」「全然プチじゃない」と、突っ込めてしまう。店を訪れてわずかな時間で、ここまで打ち解けてしまえる。そんな、財布だけでなく、人にも優しい店なのだ。