焼肉、美容商品など韓流の店が軒を連ねる東京新宿区新大久保。目的の店は、コリアンタウンのど真ん中にある「九州料理 かんちゃん」。店に入ると、カウンターに座った、お母さんの室園理子さんと、厨房に立つ二代目の寛信さんが「いらっしゃい」とお出迎え。焼酎ハイボールで、いつものように常連さんと「今宵に乾杯!」の杯を掲げ、早速最初のオススメ料理をいただくことに。「熊本から直送した馬刺しを」と二代目が言うと、きたろうさんの目がキラリと光る。「いや〜、大好き! うまいよ、これ。見た目も綺麗だし、本場の馬刺しだよ。トロっとしてうまいわ」と大絶賛。それもそのはず、お母さんが「随分こだわって、赤字出してもいいからって」と厳選したものだという。
場所柄、店名の「かんちゃん」は韓国の「韓」のことと思われがちだが、実は先代の名前が「寛治」だったから。「主人とはお見合いです。私は福岡で小学校の教員をやっていたんですが、なんとか東京に行きたいと思って。そしたらそういう見合い話があって」。結婚後すぐに上京、翌年には長男の寛信さんを授かった。結婚前の寛治さんについては、高校の先輩でもある常連さんが詳しい。「寛ちゃんは日大の芸術学部に行ってイラストレーターになったんですよ。同時に居酒屋のアルバイトをやっていて、そこから独立して新宿、新大久保に店を出したんです」。最初は姉と二人で始めた商売だったが、姉の結婚を機に袂を分かち、40年前に新大久保で「やきとり かんちゃん」を始めたのだという。なんとしても二軒目を出したい、という思いの寛治さんは念願の二軒目「九州料理 かんちゃん」を、店長に理子さんを据えてスタート。自宅で学習塾を開いていたお母さんは「それまで、先生をやっていたものだから、言葉も高圧的ですよ。“今日はこれが美味しいから、これ食べなさい!”とかって(笑)」。
次のオススメは人気メニューの「がめ煮(筑前煮)」。「九州のお出汁だから、薄めですね。それに少し甘いのが美味しい」と西島さん。様々な素材から出る旨味と、九州独特の甘みのある醤油が、この味を生み出す。次は熊本名物の「からし蓮根」をいただくことに。色鮮やかな黄色いからしは、味噌やパン粉をブレンドした自家製で、鼻へ強烈な辛味が突き抜ける。二代目が店を手伝うようになったのは、サラリーマンを経て24歳の頃から。お母さんの大病を機に「先代が2軒も頑張ったのだから、ひとつは継ごう」と決心。しかし二代目は、料理が苦手。料理は二代目の同級生がサポートしている。「親父も俺が継ぐとは思っていなかったので、教える気もなくて。高校の時とか、手伝いで串刺しをやっていたんですけど、“お前のやり方だとダメだ!”って。“お前が来ると時間がかかる”と言われて、もういいよって」。しかし、先代の先輩でもある常連さんは「寛ちゃんは、息子さんにやってほしいと思っていたけど、口に出さなかっただけ。“あいつはやらないって言うから”って、こっそり愚痴ってました」という。親の想いと子の想い。すれ違いはしたが、たどり着いた先はひとつだったのだ。
続いての料理は宮崎名物の「チキン南蛮」。西島さんは「やったー大好き! 宮崎はやっぱり鶏ですよね。ちょっと甘い匂いが食欲をそそって、たまらない。お肉がすごく柔らかくて、びっくりしました。これは人気になるはずよ」と大喜び。さらに〆の一品が「高菜巻き」と聞いて、またまた大喜び。ちょっと小ぶりのおにぎりと、高菜の塩気がマッチして、実に美味しい。最後に「酒場とは?」と問いかけると、「一期一会の宴の場」と答えたお母さん。二代目も「人と人の出会いの場」だという。きたろうさんは、そこへさらに「まず人を尊敬することだよね。そうするとより良い感じになるんだよ。俺に言わせてもらえば」と柄になく真面目な酒場哲学を披露。人が人と繋がり、酒を挟んでその場を楽しくする。それを何より大切にする店こそが、名店と呼ばれるに違いない。