畑が点在する東京都足立区北綾瀬。そんな街にある、数軒の居酒屋が並ぶ一角。今回の店「丸福」は、創業39年の古参の一店だ。縄のれんをくぐり、いつものように焼酎ハイボールをオーダーし、常連さんと「今宵に乾杯!」。ご主人の丸山武さんに、最初のオススメをお願いすると、「煮込みです。もう開店以来ずーっと、おでんみたいに継ぎ足しています」という小鍋が登場。ご主人が修行した船橋の店のレシピをベースに、長い時間を経てアレンジを加えた味。「美味しい! もつがとんでもなく柔らか〜い」と西島さん。ご主人が修行に入ったのは25歳の時。「それまでは普通のサラリーマン。3日でサラリーマンに向いてないなと思いましたけど、5年は続けました。ちょうど所帯も持ったし、子供もいましたんで」。修行のきっかけも、もともと酒屋をやろうとしたのだが、友人から“酒屋より、酒場の方が手っ取り早いよ”と勧められたからだという。転職に、さぞや反対されたかと思いきや「家内の親父ってのが酒好きで。そういう話をしたら“いいじゃないか”って。ちょうどバブルの全盛で、一番いい時期だったんです」という。最初の半年くらいは苦労もしたが、一旦お客を掴むと店は軌道に乗った。
次の一品は焼き鳥。「じゃあ、驚いてください」と出されたのは、特大の大串! 「うわー、でかい!」と思わず唸る串は、焼くのに30分もかかるという名物で、常連ならば必ず最初にオーダーするという。なにか店の特長を出そうと思って始めたメニューだが、「美味しい! この鶏、めちゃくちゃジューシーですよ。タレが甘めで、このパリパリの皮にとってもよく合う」と、西島さんも絶賛。
次のメニューは、竹輪の磯辺揚げに自家製のタルタルソースをかけた「タルタルチクワ」。この自家製タルタルソースが自慢で、予想のつく磯辺揚げの味を、予想のつかない意外な味に変貌させる。「こりゃ、ちくわも大喜びだよ」と、きたろうさん。メニューは、いろんなところへ飲みに行き「言葉は悪いけど、パクってきて、ちょっとアレンジしたり」と笑うご主人だが、このタルタルソースは自慢のオリジナルだ。続いてのメニューも揚げ物で「とり唐のニンニクソース」。とり唐といっても、天ぷら粉を使用しているので、仕上がりはとり天のようだが、ニンニクが効いていて、きたろうさん曰く「大人の唐揚げだね」。
常連さんに、ご主人の人柄を聞くと「神輿を担いでいる方ですから、男気が強いですよ」と言う。祭り好きで、男気があって、優しくて、仕事に真面目。誰からも愛されるご主人だが、昨年、突然の病に襲われた。「脊柱管狭窄症(脊髄が納まる脊柱管の一部が狭くなり、神経や血管を圧迫する病気)になって。手術して治って、1カ月くらいしたら首に痛みが来ちゃって、今度は頚椎を手術。3カ月くらい店を休んだら、僕が死んだって噂が(笑)。お客さんが逃げちゃうんじゃないかと、不安でしたね。でもいいこともありましたよ。手術する前は体重が90キロくらいあったのが、1年で18キロくらい痩せちゃって。内臓の数値が全部正常になりましたから(笑)」。
最後の一品は「スタミナキムチ炒め」。キムチベースのガッツリ系メニューで、これを〆にと言いつつ、焼酎ハイボールをもう一杯おかわりしたくなる、という一品だ。強烈に食欲をそそるニンニクの香り。まさに明日への活力になりそうだ。店を続けるために大事にしていることを聞くと、不意に涙ぐむご主人。「満足して帰っていただく、その顔を見るのが、なんとも言えないね。だから必ず、お客さんの顔が見えなくなるまで、見送るんです」と言う。病を乗り越え、より深く知ったお客さんのありがたさ。感謝を尽くす商売のあり方が、また常連さんの心を掴むのだろう。