大正12年の関東大震災直後、渋谷復興の中心地だった百軒店。靴に服、食べ物屋が100軒も連なったという場所だが、渋谷駅が離れたところにできたため、街の中心から次第にズレていった……。それゆえに若者の街と称される渋谷にあって、大人の落ち着きを保ち続けている。そんな街の一角で、それも街の名前を冠した「小料理 百けん」が今夜の目的地。小さな構えの店に入ると、意外に奥に長い店内。そしてカウンターには若くて美人の女将、松崎友江さんと女性スタッフが出迎えてくれる。いつものように常連さんと、焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」と杯を掲げ、期待の一品目をお願いすると「うちのポテサラが、ちょっと変わっていまして」と女将が出してくれたのが「焦がし醤油のポテトサラダ」。普通は白いポテサラが、醤油色! 「パッと見たところ、味噌みたい。でもこれは、ちゃんとつまみの味になってるね」と、きたろうさんが言うと「やっぱりポテサラは酒場の基本ですからね」と女将。バターとベーコンを一緒に、醤油を苦くなる直前まで煮詰め、蒸したジャガイモと合わせるという。コリッとした歯ごたえのアクセントの正体は沢庵だ。
次のオススメはオリジナルの「セロリ餃子」。酢とコショウで焼きたての熱々にかぶりつくと、セロリの香りと肉汁が飛び出してくる。「うん、うまい。ニンニクもちゃんと入っているね。これは初めて。この香りがおしゃれだよ!」と、きたろうさん。「あぁ、美味しい。セロリだと、ちょっと多国籍料理っぽくなりますね」と西島さん。「セロリはシャキシャキ感がすごくいいのと、加熱するとジューシーになるし、いい具合に香りもおさまるんですよ」という女将の言葉にも納得。
居酒屋の厨房で、2年の厳しい修行を経て平成27年に店を開業した女将。しかし元はと言えば、武蔵野美術大学を卒業し、大手ジュエリーブランドに就職、宝飾デザイナーをしていたという。「美大では金属専攻で、金属加工をしていました。アート系より使える物が好きだったので、和風のジュエリーとかを作っていました。“自分で作ったものを誰かに”というのが好きなんだと思います。酒場をやっていても、そこは今も変わってないです。でも親には“結構、美大の学費、高かったんだけどなぁ”って怒られました」。店づくりの時も、大学時代の仲間が助けてくれた。「お店のデザインは大学の時の友達がやってくれました。“お金がない”って言ったら“じゃあ自分でやればいいじゃん”って、壁を塗らされたり」。しかし、その店舗デザインがまた他にはない魅力になっている。
次は、自家製の合わせ味噌を使った西京焼き。様々な調味料と練って作った自慢の味噌は、どんな魚とも相性抜群。本日のブリも、その柔らかい身と脂の乗った旨味が、味噌の塩加減と実にいい感じ。「嬉しいじゃないか、こういうのを出してくれるとは」と、きたろうさん。続いては「大山鶏のグリル」が登場。「大山鶏は歯ごたえと、お肉の脂がすごく美味しいので、シンプルにグリルにします」と出してくれた一皿だが、その身の柔らかさに対して、皮のパリッと甘くて美味しいこと! これぞ、良質な脂の持つ甘み。「こりゃ、子供が食べる鶏じゃないね!」と、きたろうさん。少しお酒も入り……「酒場でこういう風に対面していたら、口説かれるだろ?」と、余計な心配。「いやいや、私、中身がオヤジなんで」という女将だが、旦那さんは前の店の常連さんとのこと。モテないわけがない。ただ女性として、この仕事に一生関わりたいと覚悟を決め、夢も抱いている。「飲食店の女性って、結婚や出産で辞めちゃう人が多くて。それなら飲食店を続けたい女性をいっぱい集めて、助け合いながらできるような会社を作ればといいと思っていて、それを10年後に実現できればいいなと思っています」と語る。
最後の〆は「メレンゲTKG」。この「TKG」とは「たまご」「かけ」「ごはん」の頭文字。メレンゲになるまでかき混ぜた白身をご飯に乗せ、黄身と青のり、醤油を数滴加えていただくと、普通のたまごかけごはんとは全くの別物。“お酒を飲んだらご飯で〆たい!”が信条の西島さんの目が、感動で輝く! 美大で磨いたセンスと、思い描く理想、そして美味い酒と料理。その3つがバランスをとりつつ、“若者”の渋谷で“大人”を魅了する。覚えておきたい、いい「酒場」がココにある。