「酒場があるような雰囲気じゃないよね」と、訪れたのは東日本橋2丁目。オフィスビルが立ち並ぶ中にあるのが、紫地に白抜き文字の暖簾も目に映える「東日本橋 かどわき」。厨房で腕を振るうご主人の門脇信太郎さんと、笑顔で店を切り盛りする女将の妙子さんによる、創業10年目を迎える酒場だ。いつものように、常連さんと焼酎ハイボールで乾杯し、最初のオススメ「刺身の盛り合わせ」をいただくことに。五島列島のヒラスズキや真ダイ、北海道のボタン海老など5種の刺身盛りは、豊洲で仕入れたもの。皮を炙ったサワラは、この土地にゆかりのある“やげん堀”の七味唐辛子入り自家製ポン酢でいただく。「美味しい! サワラの旨味がすごいですね。脂が多い魚のイメージですけど、あまりくどくない、さっぱりと食べられますね」と西島さん。人任せにするのが嫌で、毎日豊洲市場に足を運ぶというご主人だが、その目の確かさは、仲買人に“プロ中のプロ”と言わしめるほど。「お刺身で儲けようとは思っていないです。宣伝じゃないけど“美味しい魚が食べられるよ”って、来てくれるとありがたい」と、ご主人は語る。利益度外視の姿勢に「いいねぇ!」と、きたろうさんの笑顔が弾ける。次のオススメは、ハマグリの出汁だけで作った茶碗蒸し。よく出汁が出るという小ぶりのハマグリだけを使った上品な一品で、きたろうさんも西島さんも「うまいな、これ! ほのかな出汁が、ちょうどいいよ」、「すごい贅沢!」と大感激。この店の料理のレベルは、相当に高い!
高校卒業後20年以上にわたり、様々な日本料理店で厳しい修行を重ねたご主人。39歳で東日本橋に店を開業。この地を選んだのも「ワサワサしたのが、あまり好きじゃなくて」と語るご主人だが、そこには自分の腕への自信もあったに違いない。女将の妙子さんと出会ったのは、お互いが27歳の時。仲居さんをしていたお姉さんの紹介で、交際から2年後に結婚。修行時代からずっとご主人を支え続けてきたという。
いつになくお酒が進んでいる西島さんが「おかわりと、次のオススメはなんですか?」と訊くと「牛すじ煮込みなんですけど、野菜をいっぱい入れて、見た目は和食っぽくないカルビクッパみたいな……。牛すじのピリ辛煮込みです」。と出てきたのは真っ赤な一品。見た目よりは辛くないという説明どおり、コチュジャンの辛味に対して牛スジの出汁がしっかりとしていて実に美味しい。素材そのものの出汁を大切にする。それは手間のかかることだが、ご主人がそれを大切にする訳は、料理人を目指すきっかけにも関わることだった。「うちの母親が、料理に手を抜かない人だったんです。毎日インスタントを使わずに、全部作っていて、それを横で見ていると“あぁ、料理っていいな。人が幸せになる気がする”と思って。原点は全て、うちの母親なんです」と言う。
次の一品は、そんなお母さんでさえ作ることがなく、ずーっと、子供の頃から憧れていたというメニュー「カニクリームコロッケ」。揚げたてのアツアツを食べたきたろうさんは「フランス料理だね」と一言。「一人で来られたお客さんが、コロッケ一個と唐揚げ一個を食べたいと言われても僕は揚げます。そういう方が今度、自分のお友達を連れてきてくれるので。できることはなるべくやります」とご主人。最後の一品は「かじき鮪のねぎま鍋」。20年以上にわたる和食修行の集大成とも言える「黄金のだし」と、豊洲で仕入れたカジキマグロから出る旨味。その掛け合わせによる絶妙な味わいは、お店自慢の逸品。「うまい、出汁のとり方がうまいよね」、「鮪の出汁もしっかり出ているのに、身がパサパサしていなくて美味しいです」と大満足。店を始めた最初の一年は、お客さんと喋ることもできなかったというご主人。しかし今は「酒場とは学びの場」だと思えるようになったと言う。自分より年上のお客さんと語り、日々学ぼうという姿勢が、この店をレベルアップさせているに違いない。