江東区の門前仲町。皇居から見て辰巳(東南)の方角にあることから名付けられた「辰巳新道」は、昭和25年の東京都の条例により酒場街が形成され、その風情の良さは「夕焼け酒場」のオープニングタイトルになっているほど。この地の名物店、平成8年創業の「みよし」を切り盛りするのは、女将の三吉節子さん。焼酎ハイボールで乾杯して女将がスッと出してくれたのは、ベビーチーズに韓国のりを巻いた「チーズ磯部(お通し・サービス)」。これをつまみながら「オススメの料理は、カウンターのおばんざい……?」と西島さんが言うと「いいの、そんな決まりないから。うちはメニューがないんですよ。“適当に出して”っていうのが一番いい。単身赴任のお客さんも多いから、野菜がメインの家庭料理、おふくろの味だけね」と女将。さらに材料さえあれば、客の要望にも応えるという。とりあえずカウンターの大皿料理から「金目鯛の煮つけ(1,000円・税込)」をいただいた一行。毎日、魚の種類を変えるという煮付けは、女将の得意料理。醤油、砂糖、みりん、酒、刻み生姜で煮込んだ金目鯛は、中まで味が染みている。「ダシがちゃんと効いている。この味、うちにいるみたいだね」と、きたろうさんも和みモード。
「女将さんの人生、面白そうだな」と、きたろうさんが話を向けると「波乱万丈、73年も人間やっていますからね」と女将。生まれは墨田区、スカイツリーの先あたり。8人兄弟の一番下で、早くに続けて両親を亡くし、一番上の兄に育ててもらったと言う。「いろんなお稽古事をさせられました。お花、バイオリン、そろばんに習字」。しかし勉強が嫌いで高校を3日で辞め、働きに出た、というところで次の料理「じゃがいもまんじゅう(600円・税込)」が登場。“得意中の得意”と女将が胸を張る一品で、茹でたじゃがいもを2度裏ごしし、醤油、砂糖、生姜で煮込んだひき肉を入れ、あんを掛けるという、実に手間のかかった一品。「俺、ジャガイモ大好き」という、きたろうさんは、すっかり味にも話にも引き込まれたようだ。
そろばんの腕を生かし事務職で働き出した女将だったが、心の内では宝塚歌劇団に入りたかったという。「男役になるには5センチ足りなかったんだ、身長が(笑)。芸事が好きだったんだろうね」と女将。初めて飲食の仕事をしたのは40歳の時。知り合いのつてで、カレーの店の手伝いをしたという。その後は割烹をはじめ和食店で働くようになった。「私、親方とか持ち上げるのがうまいから(笑)。板前さんやコックさんに随分可愛がってもらって。普通、味見なんてさせてもらえないでしょう? でも、結構味見させてもらいましたよ」。51歳の時、今の店を始める話が舞い込み、兄の助けを借りて開業。その明るい人柄と、数々の店で培った家庭料理の味が評判となり、今に至る、と話していたところで「かぶの煮物(小皿300円・税込)が登場。客の箸の進み具合、様子を見て出される料理は、優しい味付けで、お腹への収まりもいい。
20年も続けてこられた理由を「ただ正直に。つっぱっていないで、自然体っていうの? それでいいんじゃないかな。私、お世辞も言えないし、お酌もできないの」という。そしてどんなに辛いことがあっても、厨房に入ると全て忘れるようにするという。と、ここでお口直しの「酢の物(300円・税込)」。「しみじみ嬉しいものばかり出てきますね」、「これはたまんないね。なんだかんだ言ってすごい数の料理があるね」と、西島さんもきたろうさんも、いつもとは違うタイミングで出てくる料理のリズムに心地良さそう。
いつもなら必ず食べて帰れのメニューをお願いするところだが、「みよし」はその日次第で決まったメニューがない。ということで、最後の一品も女将のオススメの一品。「触んないでよ、熱いから。水炊き鍋(2人前1,600円・税込)よ」と、体を温めてくれる大ネタが登場。食材から出る出汁のみを使用した、優しく沁み入る味に満足げな一行。食べるものを任せて、女将とカウンター越しに語り合うこのひとときの至福。常連さんの気持ちがよく分かる。