「前に一度、来たことがあるんだよ。開放的で元気がいいの。いつもいっぱいで、入れないんだよ」と、きたろうさんが言う今宵の一軒は、下北沢の「ざこや」。創業50年目を迎える店を切り盛りするのは、宇野裕史さん。母から店を継いだ二代目だ。まずは焼酎ハイボールで、今宵に乾杯。喉を潤したところで、どうしても目に入ってくるのが、カウンターに並ぶ大皿のおばんざい。「うちのお袋が、早い時間から全部やってくれるんです。特に茄子の揚げびたしは、一番得意な料理です」という大将の説明を聞けば、食べずにはいられまい。合わせて「大根がもう“食べて!”って、アピール度がすごい」と、きたろうさんを笑顔にさせる、飴色の大根が美味しそうな「ぶり大根」を注文。「いやぁ、美味しいなぁ。家庭の味といっても、家庭では作れない。プロの味だ」と、きたろうさんが茄子の揚げびたしを褒めれば、「この大根、確実に三分の一本はありますね。ぶりも大きいですよ。ぶりの旨味がいっぱいの、出汁もすごい」と、西島さんもぶり大根を大絶賛。
続いての料理は、この店に三つある名物の人気ナンバー3「肉じゃが」。中落ちカルビの肉じゃがで、大きなジャガイモが立っているのが面白い。「隣のお客さんが頼んだ時に“あれ、なに?”って言われるように立てているんです。お袋の教えです」と大将。その大きなジャガイモは、ちゃんと味が染みていて、中のホクホク感もあり、これまた絶品! きたろうさんが「料理の修行は?」と訊くと、意外な答えが……。「この仕事をする気が、全くもって無かったんですよ。高校を卒業して、アメリカに行ってバンドをやっていたんです。ギターを一本抱えてロック。ヘビーメタルです。うるさくて、激しくて、早いやつ(笑)」。しかしロックスターへの道は遠い。「うまいやつなんてゴロゴロいるんで。ギャラなんて全然もらえないから、アルバイトをする。それで料理を覚えたんです。最低賃金4ドル50セントで、チップもほぼ無し」。さらに強盗に襲われ、あまりの貧乏ぶりに強盗犯のボスに25セントもらったほどだという。そして日本に帰るのだが……。「うちの親父は“居酒屋の神様”って言われている人(宇野隆史氏)で、都内で20店舗くらい経営しているんです。そこで皿洗い、便所掃除から始めたんですけど、会社での風当たりが“ドラ息子で帰ってきた”って無茶苦茶強かったんですよ」。そんな状況にも耐え、今も共に働く信頼できる友を得ながら時は過ぎて12年前。高齢の母を助けるため、母の店「ざこや」を手伝い始めて今に至る。
次の料理は、人気ナンバー2の「煮込み豆腐」。大将の「辛いのは、大丈夫ですか?」と出された煮込みは、コチュジャンや豆板醤で赤みが強い。「あぁ、これは焼酎ハイボールに合うな。辛くないと思ったら、ガッと辛味が来るんだ。辛うまなんだよ」と、きたろうさん。そして、最後にこれだけは食べて帰れのメニューをお願いすると、人気ナンバー1の「レバカツ」が登場。大将が“下町のフォアグラ”と胸を張るそのレバカツは、累計5万食以上も食べられたという名物。しかし見た目は「ちょっと、たこ焼きっぽい? 青のりが掛かっているからかな?」と西島さん。しかし食べてみると「すごい、ジューシーにもほどがありますよ。滑らかなレバーの食感が、とっても楽しめる! 美味しい!」と大興奮。
人気メニューと、大将の真面目な働きぶりで、今や連日満員御礼の人気店となった「ざこや」。「ちゃんとやっていれば、ちゃんとお客さんは理解していただける。信頼と実績というものを、お袋と親父から学びました。そして“楽しい”というエンターテイメント性が大切」だと大将はいう。教わったことや、今の自分にできることが、アメリカにいた時に分かっていれば、音楽も成功したかもしれないと大将は言う。そして大将の夢は、今また膨らんでいる。「音楽がダメだった、というのもあるんですけど、やっぱりアメリカでリベンジしたいですよね。お店をやってみたいです。鼻をあかしたいというか、アメリカ人にちゃんとした日本食を分かってもらいたい。最終的にハリウッド、ニューヨークに店を出したいですよね」。次なる夢の挑戦は、今まさに始まろうとしているのかもしれない。