東京・浅草で昭和28年創業。68年の歴史を誇る老舗酒場「千代乃家」を切り盛りするのは、三代目・野田淳さんと女将の早苗さん。その歴史とは裏腹に、気楽な雰囲気を感じながら、きたろうさんの音頭で焼酎ハイボールを片手に「今宵に乾杯!」。ゴクッと喉を鳴らしたところで、最初のオススメ「モツ焼き」の“しろ”と“れば”をいただくことに。「しろ、大きい! 大ぶりでこれだけ分厚いしろ、珍しいですよ。このコゲは炭で焼いていますね! このカリカリにちょっと焦げているところを食べると、タレの印象がまた変わります」と西島さん。レバーを食べたきたろうさんは「一本ずつ出てくるのがいいなぁ。いやぁ、酎ハイに合う!」と、頬を緩める。継ぎ足され続けたタレは68年物。「おばあちゃんが、隅田川の川べりの鰻屋さんに奉公に行っていまして、そこのタレがベースです」と大将。そのおばあちゃん、エイさんが店を始めた経緯が、また実に浅草らしい。
「おばあちゃんには、お座敷の仕事をやっている知り合いがいまして、その人が“私のお客さんを連れてくるから、ここで商売をしてよ”って言われて店を始めたんです。その知り合いが“お千代さん”という名前だったので、千代乃家という名前にしたそうです」。当時、浅草周辺にはもつ焼きを出す店がなく、その安さと旨さで、たちまち人気店になったという。「その後、親父とお袋が店を継いで……。私は10年くらいサラリーマンをしていまして、お袋の具合が悪くなり、手伝うようになって徐々に徐々に。串の刺し方とかは、小さい時からずっと見ていますから、修行するということもなく、スルッと継いじゃったんです」と笑う大将。「結婚した時はサラリーマンだったんだよね。女将は、こんな店をやると思ってなかったでしょ?」と、きたろうさんが訊くと「お店をやんなくていいよって、結婚したら全然違う(笑)。でもまぁ、店が好きなのかな、辞めたいとは思わなかったですよ」と楽しそうに言う。
次は女将さんが担当する「玉子焼き」。青のりが振られた玉子焼きはオムレツ型の、アツアツ焼きたて。「なんか強烈に出汁が効いているわけじゃないんだよ」「玉子の旨味をそのままどうぞって感じ。すごくシンプルで美味しい」という言葉を聞き、「この玉子焼き専用のフライパンがあって、洗わないんです。すると、だんだん味が染み込んでくるんです」と大将。母親の代から使い込まれたフライパンだからこそ出る、この味。これにはきたろうさんも「昨日、今日で出る味じゃないってことですよ」と感心しきり。
次の一品は「かしらみぞれ」。これは脂の乗った“かしら”を塩焼きにし、たっぷりの大根おろしと一緒にポン酢でいただくというオリジナル料理。「かしらは脂っぽいですもんね。これだと、さっぱりいただける。かしらの歯応えも適度に残っていていい」と西島さん。さらに続いて、千代乃家はもつ焼きだけじゃないと「さんまの塩焼き」が登場。炭火で焼いたさんまは、ジューシーで旨味たっぷり。きたろうさんが次の四代目のことを訊くと、息子がほかの仕事をしながら店を手伝ってくれているという。その仕事ぶりを見て“まずまず”と思う大将と、“まずは一緒に働いてくれるお嫁さんが……”と気を揉む女将。とりあえず、これからも老舗の暖簾は大丈夫そうだ。
〆の一品は「うち特製のあまり具が入っていない湯豆腐を」と大将。きたろうさんが「豆腐だけじゃないの。でもなぁ、こういうのが美味しいんだよ」と覗き込んだ小鍋には、豆腐にネギに椎茸。「お豆腐おいしい。沁みるなぁ。なんて滑らかなお豆腐なの。〆にもなるし、これならもう一杯大丈夫」と西島さん。最後に酒場の苦労を訊くと「浅草の昔の人は厳しくてね、世話を焼いてくれるけど、うるさい。そういう方に、いっぱい助けられてきたんだけどね(笑)。思ったことを、いいことも悪いこともバッて言っちゃうから」と答える大将。「それも愛情があって、頑張れよってことだからね。でも、いい場所だよ。俺も言いたいよ、ガンガン!」とはきたろうさん。歴史のある店を守るのは大変だが、至らないところはお客さんが補い、助けてくれる。そうした信頼に支えられた店は、きっとこれからも愛され続けるに違いない。