東京都荒川区町屋の住宅街。細い路地の先に、「どぜう」と染め抜かれた暖簾がお出迎え。「どうぞ、いらっしゃいませ!」と威勢のいい声に迎えられ、全席がテーブル席の店内に入ると、壁に無数に貼られたメニューに圧倒される。焦る気持ちを抑え、まずは焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。店を切り盛りする女将の長岡康子さんから「当店は、鯨に力を入れていますので、くじらのお刺身を」と、最初の一品が登場。「お刺身と一緒に、くじらのはぎ肉。珍しいんですけれど、召し上がったことあります?」と聞かれ、「はぎってどこの部分?」と興味津々のきたろうさんと西島さん。まずは極上の赤身肉を生姜とニンニクでいただき「うまいね、くじら。ペロっといくよ、トロとかとは全然違う。柔らかい!」「本当、噛む必要もないくらい」と堪能。はぎ肉とは、皮と肉の間の部分で、赤身の柔らかさとは異なり、コリコリした食感が特徴。「噛めば噛むほど、出汁みたいなものが、出てきますね」「食感がちょっとコリコリというか、プチプチしてて……」と言っていると、ここまで恥ずかしがって表に出てこなかったご主人の正彦さんが登場。「口の中に含んでいると、体温でだんだん柔らかくなってきます。すると旨味がどんどん出てきますから」とご主人。希少な鯨肉だが、この店では気軽に食べられる価格設定なのが嬉しい。
実家が料理屋さんで、自然に料理の世界に入ったというご主人。高校を卒業して、調理学校を経て修行を重ね、24歳にして店を開業した。そして中学時代の同級生・康子さんと、6年の交際期間を経て結婚。ご主人に「どこに惹かれて?」と訊くと、間髪入れず「全部。隅から隅まで全部」とのこと。思わず「ワ〜オ!」の歓声が上がる。一方の女将は「やっぱり頼り甲斐があるところですかね。恥ずかしがり屋ですけど、頼り甲斐があるんですよ」という。開業時に自宅兼店舗のビルを建て、すでに借金は完済。「真面目にやっていれば、なんとかなりますよ。やらなきゃしょうがないんですよ。もうせがれもいたし」と語るご主人。女将の頼り甲斐があるというのは、こういうところなのだろう。
次の一品は「なまずの唐揚げ」! 店外の水槽にいる岡山産のなまずを見せてもらうと、7、80センチはあろうかという大物。名物「なまずの唐揚げ」は、捌いたばかりの天然なまずを、研究の末にたどり着いたという油の温度と揚げ時間でカラッと揚げたもの。初めて食べるという2人は「意外と繊細な味。あの姿からは想像できないうまさだよ」「魚の唐揚げNo.1かも。高級白身と、鶏肉に近いプリプリ感がある」と大絶賛。次なる素材は「鯉」。鯉の調理法としては定番の“あらい”でいただくのだが「私、鯉って食べたことなくて。正直怖いです」と西島さん。すると「恋(鯉)は、はなから怖いものなんだよ」と、きたろうさん。丸ごと一匹を捌いた「鯉のあらい」はボリューム満点で、酢味噌をつけて食べると、独特のコリコリとした歯ごたえがたまらない。「鯉、美味しいですね。全然イメージと違った。すっごいさっぱりとしていて、食感がいいですね」という感想とともに、西島さんの“初鯉”が終わった。
最後に“これだけは食べて帰れのメニュー”をお願いすると、やっと登場!「どじょうの柳川」。「やっぱ、どじょうだ」「最後に来ました。まだ煮えてる!」と、はしゃぐ2人。山椒を振ってアツアツをフーフーしながら食べると「あれ? コレ、どじょうが開いてある?」と西島さん。丸ごとのどじょうは、食べ慣れない人には抵抗があるもの。しかし、この店のどじょうは開いている分食べやすい。「うまい。これがどじょうかっていうくらい、泥臭くない。これは子供には分からないだろう、この味は!」と悦に入るきたろうさんだが、うまいものは老いも若きも分かるもの。ご主人に「やめようと思ったことはあるか?」と訊くと、「ないですね。これしかできないですからね」との答え。恥ずかしがり屋のご主人に、輪をかけて恥ずかしがり屋の息子さんが、店を手伝い、この店の味と暖簾が次の世代に引き継がれようとしている。なかなか他では味わえない味や素材に出会えるこの店。頭の片隅に、とどめておきたい一軒だ。