南北に細長い神奈川県川崎市の、ちょうど中央部にある溝ノ口。夜ともなると、帰宅途中に一杯引っ掛ける客で賑わう溝の口駅西口商店街。そこにある、立派な店構えの一軒「酒蔵 十字屋」が、今回のお店。「夕焼け酒場」に登場する店には珍しい、自動ドアから中に入ると、広い店内。二代目主人の本多藤治さんによれば、席数は約80! 早速テーブルに腰を落ち着かせ、常連さんと焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。ここで「4人の料理人がおりまして……、当店では4人の匠と呼んでいます」と、切り出した二代目。100%の信頼を寄せているという4人の料理人から、一品ずついただくことに!
最初の匠は“刺身の匠”こと、北山勇さん。様々な飲食店で腕を磨き5年前に入店。以来、確かな腕を見込まれ、看板メニューの刺身を一手に任されている。この日の「厳選日替り3点盛り」は、かんぱち、たこぶつ、まぐろの3種。「やっぱ赤身だよね、うまい」と唸るきたろうさんに、「赤身のしっとり感、贅沢だわ〜。味も濃い」とは西島さん。
続いての匠は“一品料理の匠”、田岡俊一さんが作る名物「厚焼玉子」。店に入って20年で、4人の中では一番のベテラン。なんと50種類を超える一品料理を任されているという。そして登場した厚焼玉子のでかいこと! そのボリュームはもちろん、「ほんのり甘くて、この出汁と甘い感じがたまらない」「醤油とか、なんにもいらない」と、二人は大満足。イタリアンやフレンチでも修行したという田岡さん。その腕前は、相当なものだ。
30歳の時、大手デパートを辞めて、実家の十字屋を受け継いだ二代目。この十字屋とは、酒場ではなく、その母体となるスーパーマーケットのこと。いつも酒場を切り回しているのは二代目の母で、女将の房子さん。残念ながらこの日、体調を崩してお休みだったが、その仏様のような人柄に惹かれて通う常連さんも多い。その房子さんは、昭和40年にスーパーマーケットを営んでいた先代の伸治さんと結婚。昭和46年に、スーパーで仕入れる新鮮な食材を生かし、酒場を開業した。常連さんはもとより、共に働く匠たちも「仕事の手を抜かない」「心優しい温かい人」と、女将の人柄を褒めるほど。二代目の藤治さんは、酒場のメニューやレイアウトなどを提案し、影から女将を支えている。
次は焼き物の匠、高柳啓一郎さんによる「うなぎのかば焼」。もともと十字屋のスーパーで働いていた高柳さんは、その真面目な人柄を買われて再就職。それ以来8年間、焼き物一筋のスペシャリストだ。身も皮もしっかり焼かれているのに、食べてみるとふんわり柔らか。きたろうさんも、「うまいね、焼き方! さすが匠だね」と褒めるほどだ。
最後の匠は“中華の匠”こと古澤勝男さん。料理は自慢の「自家製餃子」。古澤さんは中華料理一筋50年で、高級中華料理店で修行を積み、舌の肥えたお客さんもうならせる腕前。見た目には普通の餃子だが「醤油をつけずに食べてみてください」と、古澤さん。すると一口頬張ったきたろうさんが「言っている意味が分かる! なんにもいらないね。皮がうまい」と激賞! 「やっぱり、焼きがまずいと鉄板から取りづらいし、中身がしっかりしていないと崩れちゃうからね」と、古澤さんがコツを語る。この4人の匠による料理は、高級料理から庶民的なものまで、全部で150種にものぼる。店に張り出された、その大量のメニューは、女将さんが自ら筆をとって書いている。その味のあるメニューもまた、客を惹きつける理由になっているようだ。
最後の一品は、十字屋の人気ナンバーワンメニュー「十字屋焼き」。はてさて、どんなメニューかと思いきや、大きな平皿に山のような“お好み焼きっぽい”ものが。これに包丁を入れると、中にはキャベツのコールスローがたっぷり! 表面の薄焼き卵に、たっぷりかかったお好み焼きソースだけ見ると、コッテリしていそうだが、低カロリーでヘルシー。二代目曰く「食べている間は多いかな、と思うんですけど、すぐに食べられます」。酒場とは、人生に生活に喜びを与えてくれる場で、来ると何か新しい発見がある場所だ、と語る二代目。「私から言わせると、宝島みたいなところ」という言葉どおり、150のメニューひとつひとつに、匠が凝らしたキラリと光るアイデアが詰まっているのだ。