先代の母が開業した人気の老舗酒場を守る
二代目女将の手作り家庭料理と人柄にほっこり
多くの常連さんに愛され続ける理由とは
味わい深い“コの字”カウンターに並ぶ大皿料理
世田谷区・桜上水(さくらじょうすい)で創業55年を迎えた老舗酒場『一平』。年季の入った扉をガラガラと開くと、いきなり目の前に“コの字”型のカウンター。「いい感じ! 落ち着くね」ときたろうさん。優しげな女将を囲む常連客に「お客さんも品がよさそう」と、さっそく焼酎ハイボールでみなさん一緒に「今宵に乾杯!」となった。店をひとりで切り盛りするのは、二代目女将の鈴木君子さん。まずは自慢の大皿料理から「いわしの生姜煮」を。「おいしい! 臭みもなく、味の入り方、甘さも絶妙」と西島さん。きたろうさんも「うまい」が止まらない。旬の時期は、さんまで作ると聞いて「それも食いたいなぁ」。
「開業して50年以上」と話す女将に、すかさず50年来の常連客・曽根幸一さん(82歳)が「前の東京オリンピックの頃ね。改装の話もあったけど、そのままなの」と説明する。女将の母親が店を始め、大工だった父親が内装を手作りしたという。「女将に聞いたらさ、全部常連さんが答えるの。女将を助けてあげようって気持ちが伝わってくるね」ときたろうさん。
次の一品は「アリスのかぼちゃ」というかぼちゃの煮物。西島さんが「レモン? ふわっと香りますね」と言うと、「今日はすだちを使いました。ゆずの季節はゆずで」と女将。「なぜアリスなの?」と聞くと「以前にお客さんが、アリスワンダーランドで食べているみたいだ、と言ったから」と女将。すると「ここは大人のワンダーランド」と、またまた常連さんが合いの手を入れる。
母親の栄子さんが店を始めたのは女将が中2の頃。父親が病気を患い、生活を支えるために開業した。栄子さんの豪快で明るい人柄で人気店に。常連客の女性は「肝っ玉母さんでしたよ。お説教されるのが嬉しくてね」と懐かしむ。「昔は客同士よくケンカもした」とも。「肝っ玉母さんがいれば最後は“両成敗”してくれるからね」と納得するきたろうさん。でも「今は真逆だね。支えてあげたいって気になる」。店名は、先代の女将が女らしさを感じさせない名前にしたかったのだとか。「確かに『一平』だと女の人がいる感じがしない。で、この女将がいて、その落差がいいよねぇ」ときたろうさんの目じりが下がる。
女将と常連客の和やかな笑顔に癒される
アリスのかぼちゃ
次のおすすめは「肉豆腐」。「いいね。もう匂いが!」ときたろうさん大興奮。西島さんも「おいしい〜、大きめ豚肉でガツガツ食べられる! 卵でとじているのがいい」と感激だ。
君子さんは高校卒業後に店を手伝い始めて20年目、突然、母の栄子さんが亡くなる。それでも店をたたむことは考えず、「すぐやろうと思った」という。「だってお客さんがいたから」。気づけばもう28年。「やめようと思ったことはありません。人が好きなんです」。そう話す女将に「ひとりでできちゃったんだ。すごい!」と感心するきたろうさん。「手伝ってくれるという方もいたけど、いつの間にかずっとひとり」と笑う女将は独身だ。「肝っ玉母さんが、この人もあの人もダメって(笑)」。「でもいいお客さん、いたでしょう?」と聞くと「そうですね、どうですか、きたろうさん?」という女将の愛嬌。きたろうさんも「既婚者だから!」と言いつつ、まんざらでもない様子だった。
ここで意外な一品「キッシュ」が登場。「これがおつまみになるの?」と半信半疑ながら、手作りのまろやかな味に「なるほど、合うねぇ!」と感嘆しきり。料理やメニューは今も常に勉強しているという女将の話を聞きながら、「女将がいつもカウンターの奥の位置に立つのは、お客さんみんなが見えるようにっていう気配りなんだね」と感心するきたろうさんだが、女将の反応は「……」。「せっかくいいこと言ってるのにー」と、店内は大笑い!
そして両親の故郷・山形県の郷土料理「納豆汁」が登場。山形出身の常連客もお墨付きの納豆汁は、ずいき(里芋の茎)が食感のアクセントに。「あー沁みる! 納豆の香りと味がしっかり」と西島さんはすっかり顔がゆるんでいる。
続けてこられた秘訣は、「一日一日の積み重ね。毎日元気でいること。でなきゃ優しくなれないでしょう?」。そして、締めには酒場では珍しい手作りの「チーズケーキ」が目の前に。驚くふたりも「おいしい、本格的!」と大満足。最後に、女将にとっての酒場は、「出会いの場」と素敵な一言。「ずっといたくなるね」とすっかり上機嫌のきたろうさんも、やっぱり女将に“ホの字”になりましたか!?