先代から店を受け継いだ若き二代目主人
師弟の絆から生まれる熱い思いを込めて作る
他では食べられない絶品鶏料理の数々
女性ひとりでも落ち着ける居心地よさ
今宵の舞台は葛飾区・高砂。東京に地下鉄が走り出す(1927年)以前からすでに常磐線や京成線などが充実していたこともあって、東京23区のなかで唯一、地下鉄が走っていないという葛飾区。京成高砂駅を降りて訪れるのは、昭和52年に創業した「鳥ひろ」。店に立つ若い男性を見て、思わず「バイト?」と尋ねるきたろうさんに、「二代目です」と笑顔で答えるご主人の太田悠介さん(35歳)。従業員の大宮将太さんも26歳という若さだ。「学生みたい」と冗談を言いながら、まずは焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」。「女性一人でも来やすい雰囲気だね。大将が安心感を与えるんだな」と居心地のよさを実感する。
最初のおすすめは、「鳥の希少部位」。「白レバー」と「むね元」を塩で。「むね元」は、むね肉よりもパサつきが少なく、「脂がのってジューシー。なかなか食べられないですよね」と感激する西島さん。きたろうさんは、「レバーの焼き方がうまい! 高級料理店みたいだ」と言うと、西島さんも「やわらかくてなめらか〜」と舌つづみを打つ。
店を継いで3年目の悠介さん。両親の知人だった「鳥ひろ」の先代主人・前田健一さんに声を掛けられ、16歳の時にアルバイトを始めた。35歳離れた師匠とふたりで店に立ち、師匠の背中を見続けるうちに、自身も酒場の世界で生きていくことを決意する。
「先代は昔ながらの職人気質。たぶん一度も褒められたことはない」と笑う悠介さん。先代に「視野を広げるために他の店で修業してこい」と言われ、和食割烹で約2年修業。しかし、板前修業の厳しさに途中で挫折し、料理の仕事を辞めようと思ったという。先代に相談した悠介さんは、もう一度「鳥ひろ」でアルバイトからやりなおすことに。
続いても「鳥の希少部位」を。今度は「くだ」と「つなぎ」をタレでいただく。「くだ」は食道。「ぷりぷりした噛みごたえでおいしい」と西島さん。しっかりした歯ごたえが特徴の「つなぎ」は心臓と肝臓をつなぐ大動脈部分。「内臓っぽさと赤味感もあって、食感もコリコリ」とこちらも気に入った様子。希少部位をはじめたのは「鶏に特化した店にしたかったから。他では食べられないものを出したくて」と熱がこもる。
師匠から託された店を守る覚悟を胸に
希少部位2本セット タレ
アルバイトから再出発した悠介さん。「先代には料理の技術も含めて、接客の仕方など、すべて教わった」と言う。29歳の時には、先代の後押しもあり、目黒区・西小山に自分の店を開業。開店後、店はすぐに人気店となったが、独立から3年後、師匠から電話で「戻ってこないか?」という意外な言葉を聞く。「師匠ははっきり言ってくれなかったのですが、奥さんから余命が長くないと聞いて…… 」と当時を振り返り、涙をこらえるご主人。「先代から店を継いでほしいと言われ、迷いました。でも後悔はしたくなかった」と自分の店を手放し、「鳥ひろ」に戻ることを決めた。その2か月後、前田さんは帰らぬ人に。悠介さんは師匠が自分に託した思いを胸に、「鳥ひろ」を再開した。
続いては、先代から受け継いだ「鳥モツ煮込み」を。「うわ、ダシすごい!」と喉を鳴らす西島さん。「これ味噌じゃないですよね? かといって醤油でもない?」という西島さんに、「いえ、両方入ってます(笑)」とご主人が明かすと、赤面&大笑い。味や風味が違う部位を5時間煮込むという。「濃厚な鶏のスープ。身はほどける感じで、すごくおいしい」。「鶏はやっぱりダシが出るな〜」と感心しきりのふたりだった。
先代の頃から通う8年来の女性常連客は「二代目も応援してます。味も変わらない」と話す。さらに別の女性客が来店すると、「お客さんみんな女性。大将がかわいいから」ときたろうさん。常連さんも「かっこいい。イケメンでしょ」と、大将の人気ぶりが伺える。
ここでボリューム満点の「もも肉おろしのせ」が登場! 焼いたもも肉を酢醤油で味付けし、大根を山のように豪快に盛り付けてある。「これはインスタ映え狙ってるだろ!?」ときたろうさん。西島さんは「もも肉と酢醤油もあうし、すごくさっぱり。女性客にも好評でしょうね」と絶賛。当然、二代目が考案したメニューかと思いきや、「先代からのメニュー。インスタ映えではありません!(笑)」。
最後の締めは二代目オリジナル「鳥ひろの釜飯」。羽釜でふっくら炊き上がった具だくさんの釜飯を混ぜながら、「おいしそう〜。 お焦げもできてる!」と大興奮の西島さん。きたろうさんは一口食べて、そのおいしさに思わず唸る。「鶏のポテンシャルがすごい」。「やっぱり炊き立ては旨いねっ」とふたりの箸はもう止まらない。
「お客さんにおいしいと言ってもらうが一番の幸せ」というご主人にとって、酒場は自分の人生が変わった場所。師弟愛が生み出した、料理も雰囲気も“いい味”がする、うれしい一軒だった。