祖母、母、息子が守り続ける
創業64年を迎えた老舗酒場
親子の絆がつなぐ家族の物語
舌の上でとろける「生まぐろ刺」に感激
今宵の舞台は、足立区・千住曙町。東武スカイツリーライン牛田駅と京成関屋駅が向かい合う駅前から、昭和30年創業の「大衆酒場 東菊水(あずまきくすい)」へ。迎えてくれたのは、二代目女将の小柳桃子(62歳)さんと三代目を継いだ長男の雄飛(ゆうひ)さん(34歳)。まずは焼酎ハイボールで「今宵に乾杯!」して、最初のおすすめ「生まぐろ刺」(中トロ、赤身)をいただく。中トロを食べて「うまい!」と唸るきたろうさん。「身のしっとり感、ねっとり感がすごい」と西島さんも感激しながら、続いて赤身を口へ運ぶと、「舌と上あごの間に挟めば溶けてくる。この、とろみと甘み! おいしい〜」と震える。「まぐろはもう原価割れ」と明かす女将に、「ありがたいねぇ」ときたろうさんもすっかり上機嫌だ。
「ところで、旦那さんは一緒にお店やってないの?」と聞くと、「別れちゃいました〜(笑)」とお茶目におどける女将。店はいつからやっているのか尋ねると、「私が3歳でここに来る前からなので、60年以上ですね」という。桃子さんの母親・サチさんは、桃子さんが3歳の時に、もつ焼き店を営んでいた初代ご主人と再婚した。サチさんは2度目、ご主人は3度目の結婚だったという。そして、自由奔放なご主人から、ある日突然、店を任され、サチさんは初代女将として店を切り盛りすることに。「父は母に店を任せて、自分は違う仕事をしていました。母はひとりで大変そうでしたが、気丈な人だからできたんでしょうね」という桃子さん。子供の頃は忙しい母に遊んでもらえず寂しい思いもしたと振り返る。
ここで女将手作りの「レバカツ」が登場! 血抜き後、酒、生姜、ニンニク、醤油で下味をつけて揚げる。目の前でカリっと揚がったレバカツを見て、大喜びの西島さん。サクっと噛めば「下味がしっかりで、おいしい!」と大満足だ。
20歳で北海道へ嫁いだ桃子さんは、二人の子宝にも恵まれ幸せな日々を送っていた。しかし15年後、サチさんが離婚し、店を手伝ってほしいと言われ、家族で上京。桃子さんはご主人とともに母を手伝い、店を切り盛りしてきた。「実の母と一緒だと、けんかばっかり。いろいろ提案しても、なかなか承諾してくれず、厳しかった。でも、全てを私ひとりでこなせるように仕込んでくれました」という。「将来、娘も離婚して一人になるのを分かってたんだね!?」ときたろうさん。
三代目考案の珍味「まぐろ皮串」に舌つづみ!
生まぐろ刺し
次のおすすめは「ねぎつくね」。鍋で余ったつくねから桃子さんが考案した一品。葱の芯を抜いて、つくねを詰め、串にさして焼く。タレ、醤油、塩から、タレを選んだきたろうさん。「つくねとネギを交互に食べるのとは全く違うね。別の食べ物だ」と感心しきり。醤油を選んだ西島さんも、「ねぎのみずみずしさも際立つし、ボリューム感もある。香ばしくて、ありそうでないおいしさ!」とペロっと平らげる。「オレも醤油をひとつ食いたかったな……」ときたろうさんは名残惜しそう!
今年で92歳になる先代女将のサチさんは、9年前に体調を崩して女将を退いた。その4年後に桃子さんが離婚。ご主人も店を去り、ひとりで店に立つことになった桃子さんを支えたのが雄飛さんだった。雄飛さんは5年間勤めた居酒屋を辞めて母を手伝った。「ひとりではできなかったですね。助かりました」と息子への感謝を口にする女将に、雄飛さんが「母は、料理に関してもすごく頼りになるし、尊敬できます」と言うと、女将は「ありがとうございます」と感無量。
お次は三代目考案の「まぐろ皮串」を。まぐろの皮を串焼きにした珍味に、「珍しい! 初めて」と驚く西島さん。「いいつまみだね。この発想はどこから?」ときたろうさんが聞くと、「マグロをさばいて皮を捨てるのを見たお客さんが焼いてみたらとアイデアをくれて。試行錯誤を繰り返しました」と自信をのぞかせる。
長く続けて来られた秘訣は、「母が一生懸命やっているのを見てきたから」と女将。「小さい頃はこの仕事が嫌いでしたが、今はお客さんと会話するのが大好きに。母の気持ちがよく分かるようになった。後は三代目にバトンタッチしていければ」と言う。雄飛さんも「だいたい三代目で店を潰しちゃうことが多いんで(笑)、頑張らなくては」と気合いが入る。
そして最後の締めは、創業時から続く「煮込み豆腐」。ボリュームたっぷりの味噌煮込みに「モツが旨いよ」ときたろうさん。「味が沁みておいしい。お酒も飲みたくなるし、ごはんも食べたくなる〜」と西島さんも喉が鳴る。初代女将から受け継がれる味は、季節によって、生姜やニンニクの量を変えるなど心遣いもうれしい一品だ。
「これからは、母にもう少し楽をさせてあげたい」と言う雄飛さんに、「いいこと言っちゃって〜」と冷やかしつつも、親子の絆に心動かされるきたろうさん。酒場とは、「仕事から家に帰る前のワンクッションであり、スイッチの切り替えができる場所」という親子。仕事のスイッチを切って、プライベートのスイッチを入れる。居心地のいい酒場に出会えた今宵だった。